忙しいときほど美術館へ

——近頃、ビジネスにおいてもアート思考を重要視する流れがありますが、ビジネスパーソンにとってアートに触れることには、どんな意味があると考えてらっしゃいますか?

それは非常に重要なこと。私は今、京都で展覧会の準備に追われていますが、京都国立博物館が夜も開館している日に「ICOM京都大会開催記念 特別企画 京博寄託の名宝 ─美を守り、美を伝える─」展を見に行ったんです。本当は決めなければいけないことが山積みだったんですけど、一緒に準備をしている若い男性2人に「今こそ行かなきゃダメだ!」って言って3人で(笑)。

それはもう名品ぞろいで、すばらしかったですよ。彼らも美術館にいる間はいっさい仕事の話はしないで作品とコンタクトしてくれました。もちろん、私もそうしましたし、そこで完全にチューニングが変わって、「また新しいことにチャレンジしていこう」という気持ちになりました。それこそがアートの力ですよね。オフィスワークやプレゼンの場はストレスがあるし、戦っていかなきゃいけない部分もあるけれど、美術館や美術展という非日常的空間にワープし、その中で自分のマインドをチューニングすることはすごく大事。忙しいビジネスパーソンであればあるほど、そういう余裕を持つべきだと思います。

——やや無理をして仕事モードに合わせていた心を素の自分に戻すということでしょうか?

そうです。美術に詳しくなくてもいいので、思いついたとき、お昼休みやアフター5にふらっと美術館に行ってみる。そうすると、意外とリラックスして心が開いていきますよ。やはり自分自身を取り戻すところから新しい発想が出てきたり、気持ちを切り替えてチャレンジできたりするもの。ですから、アートの鑑賞術をそのままビジネスに採り入れるというより、あくまでビジネスに立ち向かう上でアートに親しむことが大事になってくると思います。

原田マハ『20 CONTACTS 消えない星々との短い接触』 (幻冬舎)

「CONTACT―」展は、ICOMの会議が始まる前、朝の7時からオープンしますので、ぜひその時間にいらしてください。できれば京都に前泊し朝食前に来ていただくと、清水寺は音羽山のふもとにあるので、とても気持ちいいですよ。その後、カフェでモーニングを食べて新幹線に乗れば、午後の仕事には間に合います(笑)。

会場の清水寺では、私の書いた解説と小説が掲載されているタブロイド判の冊子が配られますが、まずは何も情報を入れずに、アートを心の目で見てほしいです。清水寺はもちろん、成就院、経堂といった建物はそれ自体が完成された素晴らしい空間ですし、そこにいればアーティストの声が聞こえてくるはず。それを心の耳で聞いて、コンタクト、つまり対話を開始していただきたいですね。

「CONTACT つなぐ・むすぶ日本と世界のアート」展
会期:2019年9月1日(日)~9月8日(日)
開催時間:7時~18時(最終入場は17時)
会場:清水寺(京都市東山区清水1丁目294)成就院、経堂、西門、馬駐
入場料:大人1800円 *モーニングチケット(7時~9時入場)大人1600円
いずれも小学生以下無料
ホームページ

構成=小田慶子 撮影=森 榮喜

原田 マハ(はらだ・まは)
作家

1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、2006年作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。2017年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。ほかの著作に『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『たゆたえども沈まず』『常設展示室』『ロマンシエ』など、アートを題材にした小説等を多数発表。画家の足跡を辿った『ゴッホのあしあと』や、アートと美食に巡り会う旅を綴った『フーテンのマハ』など、新書やエッセイも執筆。