光り輝く「東京ドーム」にあこがれ、ゼネコンに迷わず就職。仕事に疲れて立ち止まった時期もあるが、「やっぱり現場にいたい」と再びゼネコンへ。地域初の女性技術職のリーダーとして歩み始めた。
岡田良子●1972年、愛知県生まれ。豊橋技術科学大学卒業。他社を経て、2005年に入社。豊橋駅前再開発ビル新築工事などを担当し、14年、名古屋市内の大学校舎新築工事・工事課長。17年より現職。

愛知県豊橋市内。延床面積3400平方メートルの工場建設現場が、岡田良子さんの今の職場だ。

鹿島建設中部支店で初めて技術系の女性管理職となり、200人以上の職人が集うこの現場を任された。作業着にヘルメット姿で広大な敷地を走り回り、作業中の職人たちに声をかけるその姿は、現場にすっかり溶け込んでいる。

「男性だらけの環境には慣れっこなんですよ。私は3人きょうだいの末っ子なんですけど、姉よりも兄やその友達とばかり遊んでいました。ドッジボールが好きだったので、攻撃的なタイプかも」

そう言って、岡田さんは屈託なく笑う。ゼネコンを志したきっかけは、1988年、高校生のときにニュースで見た東京ドームだった。日本初の屋根付き球場。幼い頃から父親とナゴヤ球場のテレビ中継を見ていた岡田さんにとって、それは夢のような空間だった。

あの屋根はどんな構造になっているのか。どうやってつくるのか。いつか私もつくってみたい――。その夢をかなえるべく、大学は工学部の建築学科に進み、ドーム球場を多く手がけていたゼネコンに晴れて就職したのだが……。

「『ドームをつくりたいんです』と上司に話したら、『えっ。ドーム(事業)はおおかた終わったんじゃないかな』って……」