愛知県豊橋市内。延床面積3400平方メートルの工場建設現場が、岡田良子さんの今の職場だ。
鹿島建設中部支店で初めて技術系の女性管理職となり、200人以上の職人が集うこの現場を任された。作業着にヘルメット姿で広大な敷地を走り回り、作業中の職人たちに声をかけるその姿は、現場にすっかり溶け込んでいる。
「男性だらけの環境には慣れっこなんですよ。私は3人きょうだいの末っ子なんですけど、姉よりも兄やその友達とばかり遊んでいました。ドッジボールが好きだったので、攻撃的なタイプかも」
そう言って、岡田さんは屈託なく笑う。ゼネコンを志したきっかけは、1988年、高校生のときにニュースで見た東京ドームだった。日本初の屋根付き球場。幼い頃から父親とナゴヤ球場のテレビ中継を見ていた岡田さんにとって、それは夢のような空間だった。
あの屋根はどんな構造になっているのか。どうやってつくるのか。いつか私もつくってみたい――。その夢をかなえるべく、大学は工学部の建築学科に進み、ドーム球場を多く手がけていたゼネコンに晴れて就職したのだが……。
「『ドームをつくりたいんです』と上司に話したら、『えっ。ドーム(事業)はおおかた終わったんじゃないかな』って……」
あこがれていた現場監督の仕事には就くことができたが、岡田さんは8年目に退職してしまう。
「早く仕事を覚えなくては」と焦るあまり、昼夜を問わず仕事のことで頭がいっぱいになり、心身ともに疲れてしまったのだ。その後は派遣会社に登録し、ハウスメーカーのCADオペレーターとして働いた。
やっぱり「現場」に、身を置いていたい
「最初は図面を引いて、それが形になるのが楽しかった。でも、方眼紙の中で部屋割りを考えていくだけで、実際に建てていく過程には立ち会えない。『ゼネコンだったら現場にも行けるのに』と何度も考えてしまって」
もう1度ゼネコンに戻ろうと、2度目の転職を決意したのが、32歳のとき。インターネットの募集広告で見つけた鹿島建設に入社。中部支店に配属された。
2つ目の現場で出会ったのが、のちにメンターのような存在になる中部支店建築部の建築工事部長、日比野彰さんだ。
「こういう現場所長になりたい、と心から思いました。工期が迫ってすごく忙しいときでも、誰に対しても、いつも笑顔で対応して、どんと構えている。それに、女性の私を特別扱いすることもなかった。男性社員と同じように夜間作業を担当するように言われたときは、うれしかったですね」
とはいえ、技術職として現場に出る女性社員はまだ少ない。岡田さんも新人時代、心を開いてくれない協力会社の職人に悩んでいた。
「私たちがよく接するのは、職長さんと呼ばれる協力会社のリーダですが、女性の現場監督に慣れていない人だと、目を合わせてくれなかったり、わざと大声でどなることもある。『そこにある資材をどけておけ!』と言ってくる人もいましたね」
そんなとき岡田さんは、「えーっ。そんなのヤダ!」と笑顔で言い返し、ケムに巻いてしまうという。ぎくしゃくするのは、相手が女性の現場監督とのコミュニケーションに慣れていないだけ。それなら、こちらから打ち解けていけばいい――。これは最初のゼネコンで学んだことだ。
「私はもともと、女性らしいタイプではないので、そういうやつだとわかれば、相手も安心します。『いいものをつくりたい』という思いは職人さんたちも同じなので、その気持ちをきちんと共有するようにしています」
日々の朝礼も、現場監督の大事な仕事だ。
「その日の工程の説明や注意事項を、いかにわかりやすく説明するかが大事なんです。ダラダラ話をしても聞いてもらえないので、短く簡潔に。ときにはちょっと笑えるネタを仕込んでいます」
完成した建物を見ると、どんな苦労も報われる
最初は人前で話すことが大の苦手だったが、10年ほど前からようやく、「スピーチがうまい」とほめられるようになった。
「要点を的確につかんでいるし、説明にメリハリがある。身振り手振りをまじえて、注意を引くのもうまくなった」と、日比野さんも太鼓判を押す。「彼女は表には出しませんが、非常に努力家で、強い闘争心を秘めています。当社で女性の建築工事事務所長は、全国で彼女1人。いずれは大現場の大所長になってもらいたい」
尊敬する上司の期待を一身に受ける岡田さんだが、1社目を退職した経験から、「あまり仕事に没頭しすぎるのもよくない」と言う。
帰宅後は、ビールを飲みながら、ニュースやお笑いのバラエティ番組を見るのが楽しみ。1つの現場が終わったら、友人と3~4泊の海外旅行に出かけて羽を伸ばす。
「現場監督の仕事は、肉体的にも精神的にもかなり過酷なものだと思います。でも、建物が完成したときの喜びは何物にも代えがたく、それまでの苦労がすべて報われる気がします。もしもこの先、ドームをつくる機会があるなら、どこにでも行きます。自分のつくった球場で野球観戦ができたら、最高でしょうね!」