ユーザーの不満の原因を「数字」でとらえる

米と水をそれぞれ正しく量って、初めて米はおいしく炊くことができる。鈴木さんは「そもそも人は『正しい分量』で炊いているのか?」を実験してみることにした。モニターに炊飯器2合の水位線に合わせて水を入れてもらう実験では、正しい量を入れた人はあまりおらず、なかには水を420㏄入れるべきところ、約60㏄の誤差を出す人もいた。また、米を計量カップで量った場合も同様だった。こうした水と米の計量をめぐるさまざまな実験結果から、米の量にも水の量にも誤差が出て、正しい比率にならないために炊き加減に不満が出る人が相当数いることがわかったのだ。

(左)[銘柄量り炊き]IHジャー炊飯器 米と水の重量を計量する「量り炊き」モードにより、常に最適な水の量で炊飯できる炊飯器。上下が分離し、下部に計量器が内蔵され、その革新性から話題になった。(右)全社員が持っているコスト感覚を磨く電卓 値ごろ感を大事にする同社は、企画の段階で「いくらで作れるか」「いくらなら売れるか」を一人一人が計算している。

アイリスオーヤマでは精米事業も行っており、鈴木さんは炊飯器開発を担当する前は米についての研究をしていた。「米の食味試験を行っていました。毎日、炊飯実験をやっていると、水の量が大さじ1杯ずれるとおいしく炊けないということもわかったのです」

「おいしく炊けない」という不満は、水と米を正しく量ることで解消される、という結論が導かれた。そこから“おいしく米を炊く炊飯器”を“釜に入れた米の量に対して必要な水量を自動で計算できる炊飯器”と定義することができたのだ。

「売れやすい金額になるよう、コストダウンを考えるのも仕事です」と鈴木さんが語るように、研究者といっても、マーケット感覚を非常に大事にするのが同社の特徴だ。研究者も電卓を使い、基礎研究の担当者であっても原価計算や見積もりを行うのだという。いくら良いものが作れても、素材や部品が高すぎる高コスト商品では企画が通らない。

こうしたマーケット感覚は、普段の生活でも培われている。プライベートでは主婦である鈴木さんは、買い物に行くときも、職業柄つい製品の裏側の表示を見てしまうという。

「たとえば食器でも電子レンジで使えるものと使えないものがありますが、あれは素材や加工方法の違いなのです。その違いがわかれば、材料代や加工代の見当がつくので、お店で素材と値段を見比べて『なぜこの商品がこの金額で作れるのかな』と考えたりしています(笑)」

自分の身近なものの成り立ちを意識することが数字のセンスを磨く第一歩だ。

▼売れる商品の3カ条
1:ユーザーの不満の原因となっているものを「数字」としてとらえる
2:「不満」が「満足」になる数字を具体的に見つける
3:上記2つの数字が実現できる製品を一から生み出す
鈴木真由美
応用研究部 マネージャー
商品開発のための研究に携わる。精米の研究経験もあり、それが炊飯器開発に生きた。

撮影=市来朋久