相手をほっと和ませる、柔らかな笑顔が印象的な脳外科医、加藤庸子さん。脳動脈瘤の出血を防ぐ「クリッピング術」の世界的名医で、「神の手」の異名を持つ。これまでにこなした手術数は2000例を超える。一瞬のミスが命取りとなる難手術に臨み続けるスーパードクターに、集中力を保つヒントを聞いた。
脳神経外科医 加藤庸子さん●藤田保健衛生大学病院救命救急センター・センター長。1978年、愛知医科大学医学部を卒業後、国内外の病院で脳神経外科の技術を学ぶ。85年に脳神経外科認定医の資格を取得。2006年、脳神経外科における日本初の女性教授に。13年に日本脳神経外科学会で初の女性理事に選ばれた。

160種以上のクリップを状況に即して選んでいく

脳の動脈瘤(どうみゃくりゅう)が破れる前の「未破裂脳動脈瘤」も、破れてしまった「くも膜下出血」も、出血や再出血を防ぐには、開頭して瘤(こぶ)を根元から閉ざしてしまう必要があります。血管の外から開いてしまった穴を、洗濯ばさみ状のクリップで留めるのがクリッピング術。くも膜下出血では、最初の出血から1日以内に次の出血が起こることが多く、患者さんが運ばれてきたら、直ちに血管の補修をするのが大原則です。

くも膜下出血は重症になると昏睡状態から即死に至る場合もあります。脳卒中の中では最も死亡率が高い病気です。

難易度にもよりますが、クリッピング法の手術で私が手術場にいる時間は、長いときは4~5時間、短いと1~1時間半くらいです。

手術に入る頻度は週に3回程度。緊急の場合は1日に2回行うこともありますが、基本は1日1回です。

手術のやり方は、動脈瘤の位置や開頭する場所によって変わってきます。手順は決まっているのですが、実際に開頭してみないとわからないことが多いのが本音です。

予想より難しい状況の場合、その場その場で最善の努力をするしかありません。たとえば、クリップを置かなくてはいけない場所に細い血管がたくさん張り付いていると、それらを挟まないよう、少しずつはがしてから施術します。でも、もしそれが手脚を動かす神経に血を送っている大事な血管なら、残さなければいけません。そうした場合は、160種類以上あるクリップの中から状況に最も適したものを選定するなど、臨機応変に対処していきます。

血管の色が淡い部分は破れやすいので、とくに注意深く扱います。

手術中はもちろん集中していますが、やはり生身の人間ですから、ずっと同じ緊張を保っているわけではありません。でも、どんな仕事でも「ここはうんと頑張らなきゃいけない」という瞬間があるでしょう? 手術も同じで、クリップを置くところまでは集中を強いられますが、それが終われば、少し息がつけます。