case:3 マザコン夫からの脱却
永瀬智花さん(仮名・40歳)
彼との結婚を決めたときから、不安の予兆はあった。東北の旧家で家業を継ぐ一人息子。溺愛する母親の存在が結婚生活に影を落とす。夫の実家へ食事に呼ばれると自分だけ品数が少なく、彼の衣類を買えば安物と叱られる。嫁いびりは執拗(しつよう)に続いた。
「夫に話しても頼りにならず、本気でかばってくれない。母親に大事に育てられたのでマザコンなんです」
心が追い詰められ、不眠になったという永瀬智花さん。夫は家業に行きづまり、数年後に倒産。夫に代わって後始末に追われた。どうにか窮地を乗り越え、会社は再建できたものの、夫婦の溝は深まるばかりだった。
夫は精神的に弱く、結婚当初からセックスレスが続いていたという。姑に孫を期待され、嫁として重圧もつのる。婦人科に相談して体外受精を試みようとしたが夫に拒まれる。ところが40代を前に夫から体外受精で子どもをつくろうと言われた。
「今までの私は何だったのかと頭が真っ白に。夫の言葉には誠意もなく、跡継ぎのことしか考えていない。“私は子どもを産む道具じゃない”と怒りが込みあげました」
耐えかねて実家へ戻ると、夫が訪れ「もう帰ってくるな」と言う。プライドが傷ついた夫は毎日のように妻の衣類を送りつけてきた。
「500万円の慰謝料で解決したい」
そんな中、2011年3月11日に東日本大震災が起き、連絡が途絶える。数週間後に電話がつながると、彼は「別れることを決めた」と。弁護士を通じて500万円の慰謝料で解決したいと伝えてきた。姑も新しい女性との縁談を勧めていたのだ。
もはや心身ともに限界を感じ、離婚を決意。それでも痛手は大きく、ふさぎ込む日々が続いた。そんなとき被災地でボランティア活動をしたことが救いとなった。親を亡くした子どもたちが助け合う姿を見て自分も励まされ、生きる力をもらえた。
「私にもできることがあり、そこで必要とされる喜びを感じる。自分らしく生きようと吹っ切れました」
永瀬さんは慰謝料として受け取った500万円が入った通帳を握り締め、1人東京へ。かつては人がうらやむような豪邸に住んでいたが、6畳1間で暮らし始めた。
「心は晴れ晴れとしていました。いろんな呪縛から解き放たれて、自由に息が吸えるようになったんです」
人の役に立つ仕事をしたいと願う永瀬さんに手を差し伸べてくれる人たちも多かった。そのうちの1人が新たな人生の伴侶となる。ひと回り年上の彼はビジネス経験豊かで、仕事もこまやかに支えてくれている。
「彼のことは尊敬しているし、素のままの私を愛してくれる人。一緒にいると楽しくて、すごく心地いい。自分らしさを取り戻せるんです」
▼永瀬さんの心のバイオリズム
今回取材した3人に人生を振り返ってもらうと、心のバイオリズムは重なった。
恋愛や結婚に苦しんだ時期を経て「男を捨てる決断」をしたことで見事に上向いていく。「この男性が自分のパートナーである」という呪縛から解放されたときに、何かが見えるのかもしれない。
編集=相馬留美 撮影=市来朋久