「知ること」が自分を守る
【河崎環さんの回答】
「無知は言い訳になりません。知り、考えなさい」。大学生時代の私が提出したレポートへの、アメリカ人女性政治学教授からのコメントでした。世界で起こっている悲劇に対して「知らなかった、衝撃だった」と上手く書けばいいだろう、と小娘だった私が高をくくって書いた短いレポート。彼女はそれを「初めて知った? だから何なのか。中身がない」とバッサリ切り捨てたのです。大人にとって、無知は恥じることであり、考えないことは怠惰である。彼女の言葉は、以来ずっと私の胸に残っています。
“ナイーブ”という言葉があります。英語でナイーブと言われたら、それは「未熟」という負の評価ですが、なぜか日本では「繊細」という良い意味で通っています。日本では無知を「世間知らず」と言い換え、純朴で汚れておらず、あまつさえ可愛らしいと読み換える。「可愛いからいいよ」と無知を放置したまま、体だけ大人になれてしまう。その結果、成熟した精神を持たない「お子様中高年」が跋扈(ばっこ)しているのかもしれません。
知るとは時に痛みを伴うものです。共感や共鳴で、自分の心も痛むのが人間です。暗い悲しいニュースをやたらと追いかけろとは言いません。ただ、知るとは怖いことではなく、むしろ知らないということこそ怖い。知恵が自分を守るのです。「避けてきた自分」を認識しているあなたの視界は、すでに開き始めています。人間の成熟は、恐れや怠惰と向き合うことから始まると戒めたいものですね。
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。
文=本田健、河崎環 イラスト=伊野孝行