愛蔵が同郷の木下尚江を和に紹介
愛蔵と和の縁は、退院後も切れなかった。和が新潟の高田にいると知ると、安曇野からわざわざ訪ねている。和と木下尚江を結んだのも愛蔵で、その二人に結婚話が出たときに反対したのも愛蔵だった。和のほうが11歳年上で、社会的な評価も地位も上だという理由である。恩人であり、友人であり、縁談を止めた人でもある。
もっとも、愛蔵が名前を変えて物語に登場するのは今回が初めてではない。木下の小説『霊か肉か』にも、相馬夫妻は名を変えて出てくる。昭和43年(1968年)に芸術座で上演された『カリーライス誕生』では、中村吉右衛門が演じた愛蔵の役名は「淳蔵」だった。翌年にはTBSの帯ドラマ枠「ポーラテレビ小説」で『パンとあこがれ』(脚本・山田太一)が放送されている。そして2026年、愛蔵は「丸山忠蔵」になった。
信州の村から出てきて、商いの経験もないままパン屋を買い、その店を人の集まる場所に変えた。カレーを日本に広めた商人という一行では、この人は収まらない。安曇野の私塾も、新宿のアトリエも、震災の夜のパンも、すべて同じ人の仕事である。
「風、薫る」で忠蔵の田之上屋にも、りんと直美のほか、りんに会いに通う島田健次郎(佐野晶哉)、直美と腐れ縁の寛太(藤原季節)、りんの娘の環(瀧七海)が足を運ぶ。用がなくても人が寄ってくるあの団子屋は、モチーフになった男が新宿で開いた店の縮図である。
・参考資料
新宿中村屋『中村屋の歴史(明治・昭和)』『中村屋サロンの歴史』『創業者ゆかりの人々(木下尚江、ワシリー・エロシェンコ、荻原守衛、中村彝、井口喜源治、ラス・ビハリ・ボース)』『商品の歴史(ボルシチ)』『中村屋サロン美術館 美術館概要』『恋と革命のインドカリーの日』、安曇野市『安曇野ゆかりの先人たち 相馬愛蔵』、深志同窓会『新宿中村屋を開業した相馬愛蔵』、国立国会図書館『近代日本人の肖像 相馬愛蔵』、上越市『当市で看護教育や地域医療などに尽力した『大関和』をモチーフとした連続テレビ小説『風、薫る』』、毎日新聞出版『Newsがわかる特別編 大関和がわかる』、大田原市那須与一伝承館『近代看護の先駆者『明治のナイチンゲール 大関和』』展示図録、ステラnet「『風、薫る』脚本・吉澤智子『丸山忠蔵(若林時英)のモチーフは、新宿老舗カレー店の創業者!』」(2026年6月3日)、NHK「風、薫る」公式サイト・公式Xおよび各話あらすじ
1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーライターに。ドラマコラム執筆や著名人インタビュー多数。エンタメ、医療、教育の取材も。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など