「天皇になる覚悟」が育ちにくい環境

たとえばレポートのなかで、秋篠宮が折にふれ、「自分は天皇たるべき教育を受けていない。天皇たるべき人は、幼い頃からそういう教育を受けていないと駄目なんだ」と周囲に語っていることが指摘されている。

今、秋篠宮は「皇嗣こうし」として次に天皇に即位するとされている。本人は、即位の意思がないことをかつて表明したこともあるが、制度上では次の天皇は秋篠宮である。

それは、天皇夫妻に男子が生まれなかったからである。それまでの間、秋篠宮は自分が天皇に即位する可能性についてほとんど考えていなかったはずで、それも無理からぬことである。

そうしたことを踏まえ、上皇に近い関係者によると、美智子上皇后なども、悠仁親王に将来天皇になる覚悟や使命感を、秋篠宮が育てることができるのだろうかと心配しているという。

秋篠宮も、つとめて悠仁親王を連れて上皇と上皇后のもとを訪れ、そこから天皇とは何かを学ばせようとしてきたというが、その程度では、天皇という重責を担う資質が悠仁親王に育まれるとは考えにくい。

秋篠宮ご一家(2020年11月30日)
秋篠宮ご一家(2020年11月30日)(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

見えてこない天皇家と秋篠宮家の交流

『文藝春秋』誌のレポートによれば、秋篠宮はかつて、悠仁親王を兄の天皇と皇后に育ててもらうことを口にした時期もあったという。

それは実現しなかったわけだが、平成の時代には、美智子上皇后の呼び掛けで、上皇と天皇、そして秋篠宮が月に一度集まる機会が設けられていた。ただ、上皇が退位した後には、そうした定例の機会は失われてしまったという。

これは、どの家庭でも経験することである。兄弟姉妹は、子どもの頃には親密な関係にあるが、年齢を重ねるとともに関係は希薄になる。とくに親が亡くなれば、ほとんど会うことがなくなっていく。天皇家と秋篠宮家の私的な交流も、現在ではほとんど報じられなくなっている。

拙著『日本人にとって皇室とは何か』(プレジデント社)でもふれたが、天皇家に次男として生まれることは、かなり難しい面を持っている。通常なら天皇には即位しないわけで、皇族としてどう生きていったらいいのか、別の目標を立てなければならなくなるからだ。

秋篠宮の場合、それを学問の世界に求めていったわけで、その資質にも恵まれている。悠仁親王は、その後を追っているように見えるが、それはあくまで学者の道であって、皇族の道ではないのである。