「重要な当事者」としての物足りなさ
もちろん、皇族がこの問題について自分の思いを率直に述べることは難しい。紀子妃の場合、皇室に民間から入った立場の難しさも加わっているかもしれない。
だが、夫である秋篠宮が天皇に即位すれば、紀子妃は皇后になる。悠仁親王が天皇に即位すれば、天皇の母になる。
そうした重要な立場にある人間の発言としては、正直、物足りない回答であった。皇族数の減少に伴う現在の皇室の危機を考えると、どうしてもそうした感想が浮かんでくる。
紀子妃が、子どもたちの自由や自発性を何より重んじてきたことは、その学校選びに示されてきた。紀子妃自身が学習院の出身として深い関係を持ちながら、悠仁親王は、戦後の皇族として初めて、一度も学習院で学ばなかった皇族になってしまったからだ。
そこに、悠仁親王に対する「帝王学の不足」が指摘される素地があるが、まして秋篠宮家は宮家の一つであり、悠仁親王は天皇から直接、帝王学を授かる環境にはない。そこで、天皇家直系長子の愛子内親王と、どうしても比較されてしまうのだ。
批判的に言うならば、紀子妃は、天皇の母となる立場から逃げてきたのではないか。その印象がぬぐえない。
国民が感じている秋篠宮家への不安
そのことは、夫である秋篠宮についてもいえる。
『文藝春秋』誌の10月号には、昭和史研究家の保阪正康氏による「愛子天皇は歴史の必然である」という論文が掲載された。それは、高市政権に対する厳しい批判にもなっている。政権が皇室のこれまでの平和への努力をないがしろにしていると指摘した上で、天皇や皇族の考えを聞かずに進められた皇室典範改正の問題点を明らかにしている。
そして最後に、今回の改正について「白紙に戻したうえでの全面的な改正」が提言され、その際には、天皇家の家訓となる歴史観を継いでいる「愛子天皇への道筋」が探られることになると結ばれている。
まっとうな議論であり、それに納得する読者も少なくないと思う。注目されるのは、その論文の後に、編集部の取材記事として「悠仁さま 天皇教育の波紋」というレポートが掲載されていることである。
レポート全体の趣旨は、秋篠宮と紀子妃が子どもの教育について相当な努力を重ねてきたことは間違いないところだが、帝王学を授けるという点では、果たしてそれが十分になされているのか、そこに疑問を呈している。
まさしく、国民が感じている不安を裏付ける内容である。