認知オフロードは合理的で賢い戦略だが…
研究の世界でも、認知オフロードは合理的で賢い戦略として扱われています。
特に、「『あとでやること』を外に出す」「忘れないように仕組みをつくる」といった使い方は、失敗を減らし、生活を安定させます。「覚えておかなくてはいけない」状態から解放されることで、「考えること」にエネルギーを使えるようになります。
認知オフロードの仕組みを利用することで、
・時間が空く
・負荷が下がる
・余裕が生まれる
という効果があるのです。
認知オフロードは、考える力を守るための工夫ともいえ、その意味で、考える力を別の場面で発揮するための手段だといえるでしょう。
この点は、AIを認知オフロードに用いる場合でも同様です。
ただし、問題はここからです。オフロードが「自動化」し、考える前に自動的に任せる状態になると何が起きるでしょうか。
認知オフロードは、自分で選んで使っているうちは、戦略です。しかし、それが無意識で自動的なものになると、話が変わってきます。
たとえば、GPSを思い浮かべてみてください。
知らない土地でも迷わずに行ける、便利な道具です。ところが、つねにその指示に従うだけの使い方を続けていると、自分のなかに「地図」が残りにくくなる、という研究結果もあります。
「どうせ調べれば出てくる」「聞けばすぐ答えが返ってくる」という感覚が先に立つと、考えるというステップが、まるごと抜け落ちてしまうことがあります。
つまり、外(AI)に預け続けた結果、内側(自分)が育ちにくくなるという可能性が出てくるのです。
「AIが子どもの考える力を奪う」が意味することここで注目したいのが、「認知負債(cognitive debt)」という考え方です。これは近年、MIT Media Labを中心とした研究で広まった言葉で、AIなどに思考を外注することで、その場ではラクになる一方、自分で思考する経験が蓄積されにくく、自分で考える力への“返済”が後々必要になる可能性を示しています。
借金と同じで、少し借りる分には便利です。しかし、返済のことを考えずに借り続けると、いつの間にか重荷になります。AIも同様で、考える前に使っていたり、考えない手段として使い続けていると、
「考えるのは疲れる」
「自分でやるのはコスパが悪い」
という感覚が、知らないうちに育ってしまうかもしれません。
この「考えなくなるかもしれない」という懸念は、感覚的な話だけではありません。
MIT Media Labの研究者らによる査読前の実験研究では、文章を書く課題において、
・AIを使って書いた場合
・検索エンジンを使って書いた場合
・何も使わずに自力で書いた場合
を比較しています。
その結果、実験条件下では、AIを使用したグループにおいて、
・自己の文章への所有感が相対的に低い傾向
・思考プロセスの再生が難しい傾向
・認知的関与の指標が低い傾向
が観察されたと報告されています。
もちろん、この研究は査読前の小規模実験であり、まだ発展途上です。AI使用が長期的に思考力を低下させると断定するものではありません。
ただ重要なのは、「AIを使うと頭が悪くなる」という単純な結論ではなく、考える前にAIを使うクセがついてしまうと、そもそも考えることから遠ざかってしまうかもしれない可能性があるということなのです。


