背景に子ども時代のつらい経験
近年、ソーシャルメディア依存の背景を探るさまざまな研究が行われている中で、ある要因に注目が集まっています。
それが、子どもの頃の「逆境的な経験」です。
専門的にはACE(Adverse Childhood Experiences)と呼ばれるもので、子どもの頃に経験した虐待やネグレクト、家庭内不和、家庭機能の不全など、心に深い影響を残す出来事を指します。
一見すると、子どもの頃の家庭環境と、スマートフォンの利用習慣はあまり関係がないように思えるかもしれません。しかし近年の研究は、この二つの間に無視できない関連がある可能性を示しています。
この疑問について興味深い分析を行ったのがグローバル労働機構のマティヤ・コヴァチッチ氏と、インスブリア大学のクリスティーナ・エリサ・オルソ准教授です(*3)。
コヴァチッチ氏らは、2022年に実施された「欧州連合孤独調査」の個人データを用いて分析を行いました。対象となったのは、およそ2万5000人の回答者です。こうした大規模データを用いることで、子どもの頃の経験と大人になってからの行動との関係を詳しく検証しました。
彼らがこの研究に着目した背景には、ある仮説がありました。
それは、ソーシャルメディア依存を単なる「現代的な娯楽の問題」として捉えるのではなく、「過去の心理的な傷を和らげるための行動」ではないかという考えです。
虐待やネグレクト、家庭内の深刻な不和、家庭機能の不全など、子どもの頃に経験したつらい出来事は、大人になってからも影響を残すことが知られています。こうした経験は、自尊心の低下や孤独感の強まりにつながることが多いと指摘されています。
では、人はそうした孤独や苦しさを、どのようにして和らげるのでしょうか。
デジタル化が進んだ現在、その「逃げ場」の一つになり得るのがソーシャルメディアです。
スマートフォンさえあれば、面白い動画やコンテンツにすぐアクセスできます。しかも、対面で人と関わらなくても、他人の投稿を眺めたり、コメントをやり取りしたりすることで、誰かとつながっている感覚を得ることができます。
つまり、ソーシャルメディアは、孤独感や不安を一時的に忘れさせてくれる場所にもなり得るのです。
コヴァチッチ氏らは、こうした特徴に注目し、過去のトラウマ体験を持つ人ほど、ソーシャルメディアを「気持ちを紛らわせる手段」として過剰に利用する可能性があるのではないかと考えたわけです。
投稿するのではなく投稿をひたすら眺める
実際に分析結果を見ると、この仮説を裏付けるような傾向が確認されました。
子どもの頃に逆境的な経験をしている人ほど、大人になってからソーシャルネットワークサービス(SNS)を長時間利用する傾向が強かったのです。特に特徴的だったのは、投稿を発信するよりも、他人の投稿をひたすら眺め続ける「受動的なスクロール」に多くの時間を費やす傾向でした。
さらに、こうした人々は、SNSの利用が原因で仕事や学業、家庭での役割を後回しにしてしまう頻度も高いことが確認されました。
つまり、単にSNSを長く使うだけでなく、生活に影響が出るほど利用してしまう可能性が高いということです。
また、この傾向には年齢や性別による違いも見られました。
年齢別に見ると、若い世代ほど、子どもの頃の逆境経験と現在のSNS過剰利用との関連が強くなっていました。
性別による違いも確認されました。男性では、子どもの頃の逆境経験とSNSの過剰利用との関連が比較的強く見られる一方、女性ではその関係はやや弱い傾向があったのです。