働きすぎから脱して得たもの

ジュリーにはすでに、自分自身の優先順位でスケジュールを組み直し、自分なりの生活ルールを守る感覚が身についていた。自分にとって良くないことは避けられる。

デヴォン・プライス『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
デヴォン・プライス『なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

「これは本当に陳腐な物言いだけどね、ヨガでバランスのポーズをするたびに、バランスを取るってこんなに大変なんだと思うの。常に意識して、重心を保てるよう変化し続けなきゃいけない」

ジュリーとリッチは結婚生活でも健やかなバランスを取れるようになった。家族や友達にこれまでの経緯を隠さず率直に伝えて、困ったときに助けてもらえる関係を構築していった。2人の間のコミュニケーションも見事なほどに変わっていった。

「ある日の夕方、私はメンタルがやばいなと思っていて、リッチもそうだった。2人とも家のことをしていたのだけど、私はリッチに、『多分このままだと喧嘩になるよ』って言ったのね。

緊張が高まってきているのに気づいて、『これを口に出して伝えてみたらどうなるかな』と思ったわけ」怒りが湧いてくるのに気づいたジュリーは、リッチと話して、感情を鎮めることができた。

「リッチはね、『僕は喧嘩したくない』と言ったの。で、『私もだよ』って伝えた。この逃げ出したいやばい感じを口にするのは怖かったけど、おかげで喧嘩せずにうまくいなすことができた」

ジュリー、リッチと話していると、お互いに率直に洗いざらい話せる心地よい関係だな、といつも思う。2人の間の穏やかさ、誠実さというのは、他のカップルの間にあまり見ないものだ。一度はずたずたになった関係を彼らは立て直し、剥き出しだけれど、辛抱強く続けられる関係へと変えていった。2人ともが働きすぎのままだったら、この関係性は作れなかっただろう。

ハートブレイクの刺繍
写真=iStock.com/Natalija Grigel
※写真はイメージです

豊かな人生のために

ジュリーの話を逃げや諦めだと受け取る人もいるかもしれない。実際、ジュリーの母親は、娘が生き方を変えたことをなかなか受け入れられなかったという。ジュリーは自分の変化を「サレンダー」(降伏、身を委ねるの意)と呼んで、腕にそれを表すタトゥーを入れた。それを見た母親は困惑した。

「タトゥーについて母親にあれこれひどいことを言われたよ。なんて情けない言葉なの、とか」 でも、ジュリーの新しいタトゥーや生活のあり方は、「何もかもをコントロールできるわけじゃない」という、彼女が自分で見つけた考え方を表したものだ。自分を心身共に健康で幸せに保ちながら、フルタイムの仕事と子育てをこなし、夫婦関係の再構築も同時にやるなんて、できるわけがない。自分に必要なことを差し置いて、他のみんなのニーズを優先するわけにはいかない。豊かな人生のためには、何かを諦めなくてはならない。機会を逃したとか仕事を断ったからといって、いちいち罪悪感を持たなくていい。そう彼女は学んだのだ。

デヴォン・プライス(Devon Price)
社会心理学者

オハイオ州立大学で心理学と政治学の学士号を取得後、シカゴ・ロヨラ大学で応用社会心理学とデータ・サイエンスの講義を行う。近著に『Unmasking Autism: Discovering the New Faces of Neurodiversity』(未邦訳)、『Unlearning Shame: How Rejecting Self-Blame Culture Gives Us Real Power』(未邦訳)などがある。