悩みやトラウマにどう対処するか

毎日、日記を書いていると気づくことがある。その日記に記すのは、その日、自分が感じた不安や悩みや困りごとだ。

「日記を毎日書いていると、自分の悩みや困りごとに、“それほど種類はない”ことがわかるんです。『なんだ、悩みって、たったこれしかないんだ』と気づくことができれば、ラクになれますし、これが客観視です。毎日、不安なことばかりで悩みが尽きないと考えるのが主観ですが、日記を書くことで自分を客観視できれば、気持ちが楽になれると思います」

たとえばそれは、「フラッシュバック」にも当てはまる。フラッシュバックとは過去のつらい出来事(トラウマ)の記憶が、突然、鮮明に蘇る心理現象だ。

「フラッシュバックはある意味、どうしても避けられないものでもあります。患者さんはフラッシュバックへの恐怖心という主観に捉われているわけですが、フラッシュバックの中でも、少し時間が経てば落ち着くものもあるので、『5分もすれば治って落ち着くのだから、深呼吸でもしようか』とうながします。それだけで少し、客観的に自分を見られるようになってくるのです」

「日記は客観視を与えてくれる」と言う新井康祥医師
提供=「楓の丘 こどもと女性のクリニック」
「日記は客観視を与えてくれる」と言う新井康祥医師

「語る力」を伸ばすことがどれほど重要か

「毎日、フラッシュバックに慄いていたとしても、『今日は、寝不足だったからだ』などと、わりと冷静に自分を見られるようになればいい。恐怖に対してこうすればいいんだ、と先が見えます。これが、客観視です。もちろん、とても大変なフラッシュバックもありますが、少しの時間で収まるものだけにでも、せめて、客観的視点を持てるようになることは、とても大きいですね」

医師との交換日記を経て、少年は素直な気持ちを伝えてくれた。「周りに、自分のことを大切にしてくれる人がいるから大丈夫です」と。

気持ちを書くこと、気持ちを言葉として「語る力」を得ることで、少年は人を信じる気持ちを持つことができたのだ。「愛着障害」特有の、世界や人、そして自分への否定的認知が見事に転換されていた。

「彼の根っこにあるのはお父さんの虐待だということは、前からわかっていました。ただ、それが自分に影響を及ぼしていることについて、本人が気づいていなかった。ただただ、フタをしていただけ。けれど、フタをし続けるのも疲れますよね。虐待の後遺症というトラウマにどっぷり浸かっている時って、心にあるのは孤独と孤立。そして、警戒心が非常に強い。そういう生き方は、つらいです」

その子自身が「語る力」を伸ばすことが、どれほど重要か。少年の劇的変化は、そのことを見事に体現していた。

黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家

福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。