※本記事に登場する事例については個人情報保護のために一部を改変しています。
穏やかな空間が広がるクリニック
愛知県大府市。JR大府駅から徒歩30分ほどの畑に囲まれた小高い丘に、平屋の可愛らしい家が建っている。三角屋根にあたたかみのあるモスグリーンの木材の外壁、窓周りを囲む白色が、いいアクセントになっている。木の柵に囲まれたその家の庭には、ミニチュアホースがゆったりとくつろいでいる。
ここが、「楓の丘 こどもと女性のクリニック」だ。診療科目は児童精神科、心療内科、精神科。心身症やパニック障害、うつ病などに加え、トラウマによるPTSDの専門的な治療が行える希少な診療機関でもある。
“大草原の小さな家”のような牧歌的な外観から、ここが病院だとはとても思えない。家の中に入れば、やわらかな色彩の穏やかな空間に出会う。木目の床があたたかみを醸す、ゆったりとした広さの診察室や心理室。ボルダリングができる壁も楽しく、病院というものに抱く思い込みが心地よく崩されていく。
オープンして今年で8年、クリニックをこのような空間に作り上げたのは、院長の新井康祥医師(52歳)の強い思いからだ。なにより、来院するのは心を病んだり、傷を負ったりした人たちなのだ。
「こどもと女性」に診療の対象を絞ったワケ
新井医師が案内してくれた。
「病院っぽくしてしまうと、自分が病気になってしまったと気持ちが余計に落ちてしまうので、家庭的な雰囲気を作り、そこでゆったりと気持ちを話してもらえるようにと思いました。来院するハードルが高くならないために、動物を入れました。子どもたちとお母さんが、遊びにくる感覚で来られる場所を作ろうと思ったんです。診察が終われば、お母さんと子どもが庭のミニチュアホースに餌をあげて帰っていく家族も、結構いるんですよ」
まるで、ちょっとした動物園へのお出かけのよう。動物と身近に触れ合えるのは親子共々、うれしい喜びだろう。なにしろ立地は畑の真ん中だ。でもなぜ、駅から離れた不便な場所を選んだのだろう。通常、クリニックは「駅近」を謳うではないか。
「あえて、車通りが少ない場所を選んだのです。来院する子どもたちは割に落ち着かない子が多いので、飛び出して車に轢かれないように、できるだけ、人や車が通らないところにしたんです」
そもそも開設するにあたり、なぜ、「こどもと女性」に特化したのだろう。
「男性には力があり、女性が虐げられているという構図があります。精神疾患を抱えている女性の場合、男性の大きな声がしただけで、病院に来られなくなる方って多いんです。それで最初から診療の対象として、男性を除かないといけないって思いました。トラウマがあって男性が怖いと思う女性は、すべての男性が信じられなくなっちゃう。なので、子どもと女性だけに分けたんです。もちろん、保護者として男性がついてくることもありますが、男性の初診受付は15歳、中学卒業までにしています」
このクリニックで日々、新井医師はさまざまな女性や子どもに出会っている。
虐待を受けた子どもの治療の難しさ
新井医師と私は、実はクリニック開院前に出会っている。2011年に、愛知県が運営する小児の総合病院である「あいち小児保健医療総合センター」の取材でお世話になって以来の関係だ。
当時、新井医師は「あいち小児」の心療科に勤務していた。私がそこで行った取材はのちに、虐待が子どもにどれだけ深刻なダメージをもたらすのかを主題にした『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社、2013年)につながるものとなった。
新井医師が醸す、優しさが滲み出る穏やかな人柄は当時と全く変わらない。困ったのは、とにかく早口だということ。私はいつも、必死についていく。それは今も、変わらない。
取材を行うこととなったきっかけは、「あいち小児」の心療科病棟において、虐待を受けて保護された子どもたちの治療がいかに困難を極めるかを目の当たりにしたことだった。しかも、保護されただけでは治癒しない「愛着障害」の深刻さについて、ここで私は学ぶこととなった。
すべてが、「愛着障害」に起因すると言ってもいいものだった。入院している子どもはほぼ、虐待を受け、専門的な治療が必要とされた子たちだ。その子どもたちが、病棟で問題行動をひっきりなしに起こすのだ。これでは、病棟自体が安心を感じられない場所になる。安心を感じられないところでは、治療ができない。医師や看護師たちは日々、必死で子どもたちを抱きしめていた。
「マイナスの愛着」に起因する愛着障害
かつて、新井医師はこう話していた。
「なぜ、保護された環境にいるのに、子どもたちはこんなにも人を信用しないのか。多くの大人がサポートしているのに、なぜ激しく衝突するのか。こういった問題に、いつも悩んでいました。愛着の問題の難しさですね」
「愛着」とは、赤ちゃんと母親などの養育者との間に築かれる、「心の絆」のようなもの。赤ちゃんが空腹を訴えて泣けば、ミルクを与えてもらえる。オムツが濡れれば、気持ちのいいものに替えてもらえる。そして笑顔で話しかけ、見つめてくれる。このような行為を通して、赤ちゃんは養育者の眼差しという、「安全基地」を得る。この安全基地さえあれば、ハイハイをして世界を広げることも可能だし、不安を感じれば戻れるあたたかい膝(=安全基地)もある。こうして赤ちゃんは、未知なる世界へ自ら踏み出し、成長していく。赤ちゃんは「愛着」という、人間の基盤を得たわけだ。
しかし、放っておかれる冷たいベッド、叩かれる痛み、血の味、怒声……。これしか赤ちゃんに与えられないとしたら、「安全基地」どころか、赤ちゃんはマイナスの「愛着」を得る。これが、「愛着障害」だ。自分を宥める「安全基地」が心の中に存在しないため、すぐにイライラして攻撃的になったり、人や世界を信用できなかったり、人との適切な距離がわからなかったり、さまざまな問題行動を起こし、生きづらさを抱えて生きることとなるのだ。
問題があっても「大丈夫です」と言う少年
親から受けた心の傷に、どう治療者として関わるか。それが、「あいち小児」における新井医師の日々だった。こうした臨床現場を経て、2018年に独立した。クリニックに「楓」と名付けたのは、「美しい変化」「大切な思い出」という、楓の花言葉からだと言う。
そんな新井医師が、ある話をしてくれた。クリニックで出会った少年の話である。何らかの家庭の事情で、児童養護施設で暮らす高校生のことだった。その少年には小学生の頃から、新井医師は主治医として関わっていた。
「この子は、言葉は達者なのですが、いつもニコニコと笑顔で、何を聞いても、『大丈夫です』ばっかり。言い換えれば、施設の生活に適応するための言葉だけが、発達したわけです。家庭環境が厳しいことは知っていましたが、それについての話は全然得られなくて、抱えているものがあるだろうに、年齢が上がっても、それが全く出てこない。このままで大丈夫かなーと思っていました」
問題行動を起こした直後に診察をしても、いつも結果は同じだった。
「問題行動があっても、『大丈夫です』とニコニコと笑うだけ。自分の感情を言葉にできないためか、話が深まらず、会話にならないという感じでした。問題の根っこの部分が全然つかめないから、内省を促す方向に持っていけない。『大丈夫です』と言うけれど、大丈夫なわけがないことは、こっちはわかっていました」
医師と少年が続けた交換日記
この少年が施設で、陰で暴力を振るっていた事実が発覚した。被害者に、暴行をきれいに口止めしていることも。その結果、「児童養護施設」を退所することになり、児童相談所の一時保護所へ入所することとなった。
「一時保護所では通学できないので、次の施設に移るまで『じゃあ、密に診察できるね』となって、こう提案しました」
新井医師は少年に、新たな手法を提示した。
「自分で自分の気持ちを喋るのは難しいだろうから、先生と交換日記をやろう。日記にはその日に不安に思ったこととか、思い出したことを夜、寝る前に書いて、それに対しての自分自身のコメントも書いてね」
日記のやりとりを、2週間ごとに続けた。最初は「ごはんを食べて、おいしかったです」など、事実の羅列ばかり。高校生の書く文章とは正直、思えなかった。
「それでも続けていくうちに、ある日、夢の話を書いてきたんです。『夢を見て、怖かった』と、夢を見た自分の感情が書けるようになったんです」
少年に生まれた自己肯定感
その夢は、父親が殺される夢だったと言う。少年はその夢に対して、こう書いていた。
「父親が殺される場面を見ても、当然のことだと思いました」
新井医師は、少年が父親から虐待を受けていたことを知っていた。
「その気持ちを受け止め、日記を続けていくうちに、だんだん、『父親が何をしようと構わない。自由にやってくれ』と、父親を許すという感情が出てきたんです。そして2カ月後には、『お父さんがいなかったら、自分はこの世に生まれていない。お父さんに感謝しています』と書いてきたんです」
その一方で、こうも書いてきた。
「自分はお父さんが何をしようがかまわない。自由にやってくれていい。自分は父親と関わりなく生きていく」
新井医師は少年に、感謝の気持ちが芽生えたことに驚いた。
「自分が今いるのは父親のおかげだと言えるのは、彼の中に生まれてきて良かった、自分は価値のある人間なのだという、自己肯定感が芽生えたということです。そして一方、父親と自分を切り離すこともできている。感動しましたね。こんなことを言える子だったんだ、と。あんなに内省が深まらなかった子が、自分の力で、ここに到達できたわけですから」
言葉を書くことで得られるもの
日記を通して少年が得たのは、「語る力」だった。これこそ、新井医師が大事にしているものに他ならない。
「言葉が書けるようになると、自分のことを施設の職員に話せるようになりました。話をする中で、彼は職員から可愛がられるようになりました。そのうち職員への感謝の気持ちが生まれて、仕事を手伝うようになる。すると、職員からも彼が感謝されるようになったんです。喋れなかった時は職員から言われたことを極端に受け取って、施設を脱走していたのに」
彼が父親へ感謝の気持ちを持つことができたことについて、日記は気づくきっかけにすぎなかったと新井医師は思う。
「これまで彼が生きてきた環境の中で、施設の職員に大切に扱われたこと、自分を思ってもらえたことなど、今までの“糧”があったからこその、気づきだった。日記は、そのきっかけになったのだと思います」
新井医師は、一気に続けた。
「僕らにも、『問題行動ばかりを起こす価値のない僕を、これまで見捨てないで、ずっと見守ってくださって、感謝しています』と言ってきたんです。親に虐待を受け、粗末に扱われて、ずっと自分は価値のない人間だと思っていた彼が、『自分が恵まれていることに、気づきました』と言えるようになったんです。言葉が書けるようになってから、彼の時間はすごく早送りになった感じです」
客観視を得られる「日記療法」の力
語る力がつくと、前向きになれることを新井医師は彼からしっかりと感じた。
「今、彼は『僕は、心から高校を卒業したいと思っています』と言っています。とても意欲的に、将来への夢を持ったことがすごく伝わってきましたね。最初は治療が難しかったのに、憑き物が取れた感じです。そもそも彼は喋ったところで、聞いてくれる人がいない環境で育ったわけです。のびのびと安心して、大切に扱われる環境で育ったら、ちゃんと喋れていますから」
この日記療法は、「森田療法」を参考にしているという。森田療法とは1919年、東京慈恵医大精神神経科の森田正馬氏が作り出した、神経症に対する精神療法だ。不安や恐怖、苦悩は生きる欲望ゆえに起こると理解し、不安や恐怖、苦悩を受容し、生きる欲望の発揮を重視するというものである。その治療の一環に、日記療法がある。
「日記は、すごく意味があると思いますね。この日記のポイントは夜、寝る前に一日を振り返って書くことなので、その時の気持ちではなく、時間が経っているため、出来事を客観的に書けるんです。これまでは怒りとか悲しみとか、その瞬間の感情という主観的な視点しかなかったわけですが、そうした主観的な自分に対して、客観的な自分を同時に見ることができるようになるわけです」
悩みやトラウマにどう対処するか
毎日、日記を書いていると気づくことがある。その日記に記すのは、その日、自分が感じた不安や悩みや困りごとだ。
「日記を毎日書いていると、自分の悩みや困りごとに、“それほど種類はない”ことがわかるんです。『なんだ、悩みって、たったこれしかないんだ』と気づくことができれば、ラクになれますし、これが客観視です。毎日、不安なことばかりで悩みが尽きないと考えるのが主観ですが、日記を書くことで自分を客観視できれば、気持ちが楽になれると思います」
たとえばそれは、「フラッシュバック」にも当てはまる。フラッシュバックとは過去のつらい出来事(トラウマ)の記憶が、突然、鮮明に蘇る心理現象だ。
「フラッシュバックはある意味、どうしても避けられないものでもあります。患者さんはフラッシュバックへの恐怖心という主観に捉われているわけですが、フラッシュバックの中でも、少し時間が経てば落ち着くものもあるので、『5分もすれば治って落ち着くのだから、深呼吸でもしようか』とうながします。それだけで少し、客観的に自分を見られるようになってくるのです」
「語る力」を伸ばすことがどれほど重要か
「毎日、フラッシュバックに慄いていたとしても、『今日は、寝不足だったからだ』などと、わりと冷静に自分を見られるようになればいい。恐怖に対してこうすればいいんだ、と先が見えます。これが、客観視です。もちろん、とても大変なフラッシュバックもありますが、少しの時間で収まるものだけにでも、せめて、客観的視点を持てるようになることは、とても大きいですね」
医師との交換日記を経て、少年は素直な気持ちを伝えてくれた。「周りに、自分のことを大切にしてくれる人がいるから大丈夫です」と。
気持ちを書くこと、気持ちを言葉として「語る力」を得ることで、少年は人を信じる気持ちを持つことができたのだ。「愛着障害」特有の、世界や人、そして自分への否定的認知が見事に転換されていた。
「彼の根っこにあるのはお父さんの虐待だということは、前からわかっていました。ただ、それが自分に影響を及ぼしていることについて、本人が気づいていなかった。ただただ、フタをしていただけ。けれど、フタをし続けるのも疲れますよね。虐待の後遺症というトラウマにどっぷり浸かっている時って、心にあるのは孤独と孤立。そして、警戒心が非常に強い。そういう生き方は、つらいです」
その子自身が「語る力」を伸ばすことが、どれほど重要か。少年の劇的変化は、そのことを見事に体現していた。