小4の息子の一言から生まれた「アスパラの根元のお茶」

ブランディングは狙っていないが、目の前の課題を一つずつ解決していく中で新たな価値が生まれたことがある。アスパラは、出荷先の規定により根元を5~7センチカットしなければいけない。奈緒美さんは、就農後すぐから「何かに使えないかな」と考えていた。

根元に光が差したのは、2019年の夏休み。当時小学4年生の息子が加工場にある業務用野菜乾燥機に興味を示した。「アスパラの根元入れていい?」。それは、遊びの延長だった。

翌日、乾燥機を開けると強烈な草の匂いが広がる。「うわ! これ、草やん!」と顔をしかめる奈緒美さんに息子があっけらかんと言った。

「ママ、これお茶にしてみたらいいんちゃう?」

半信半疑でフライパンで焙煎し、お湯を注ぐ。口に含んだ瞬間、確信した。これは、絶対売れる――。

後に伊賀市のまち塾で商品化が決まり、「明日晴れる」と書いて「アスパラ」と読ませるネーミングで特許も取得。今ではオンラインショップで年間数百万円を売り上げる。生のアスパラと並んで、明日晴茶もふるさと納税の返礼品に採用された。

地場産コーナーとオンラインショップ、ふるさと納税。販路は着実に広がっていった。すっかりやり手の農家というイメージの奈緒美さんだが、実はこれまで「なりたいものはなかった」と言う。

明日晴茶は、目の前の「もったいない」に主婦目線で向き合った結果だった
写真=瑞雲ファーム提供
明日晴茶は、目の前の「もったいない」に主婦目線で向き合った結果だった

農業は初めて自分で決めた道

奈緒美さんは大阪で生まれ、2歳から伊賀市で育った。幼少期はいつも母親の後ろに隠れる人見知り。黙々とものづくりをするのが好きだった。母の実家が呉服屋だったこともあって幼い頃から針を持ってティッシュケースを作ったり、段ボールで自動販売機を作ったりした。小・中学校はバスケ部、高校では硬式テニス部に所属し、部活漬けの日々。将来何がしたいかは考えたことがなかった。

保育の短大に行ったのは「友達が行くから」。卒業後は半年間コンビニで働き、その後保育士になったのも「友達に誘われたから」。8年間働いて結婚を機に退職し、「雇われるのはもういいかな」と漠然と思うものの、何をするかは決めていなかった。

流れるように生きてきた今、農繁期は朝4時半から畑に立つ。一人で黙々と作物に向き合い、誰にも指図されない。初めて自分で「やる」と決めた道が、農業だった。個性的なヘアスタイルとファッショナブルな作業着も注目され、後にさまざまなメディアから「そのスタイルは目立つための戦略ですか?」と何度も聞かれたが、そうじゃない。自分の軸を持ち、貫いているだけ。それが結果的に、瑞雲ファームのブランドになった。