寧の兄の五男は関ヶ原で裏切った

家定の子では五男・小早川秀秋こばやかわひであき(1582?~1602)が関ヶ原の合戦で西軍を裏切り、大勝利への道筋をつくったことで有名である。この秀秋にくらべ、実兄たちは関ヶ原の合戦で曖昧な態度を見せ、改易(寸前のところ?)までいった。しかし、長兄・次兄は叔母・寧の取りなしで、三兄は義兄・細川忠興の取りなしで大名に復帰できた。持つべきものはいい親戚である。

その結果、家定の次男・木下利房(1573~1637)の子孫が備中足守びっちゅうあしもり藩(岡山市北区)2万5000石の大名、三男・木下延俊(1577~1642)の子孫が豊後日出ぶんごひじ(大分県速見郡日出町)藩3万石の大名となり、明治維新後はともに子爵に列した。長男・木下勝俊(1569~1649)の家系は嗣子がなく断絶した。