秀吉・秀長兄弟の母親の名は?
大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK)は天下人となる豊臣秀吉を傍らで支え続けた弟・秀長を主人公にしたドラマです。主人公・秀長を演じるのは仲野太賀さん、兄の秀吉を演じるのは池松壮亮さんです。
そして「豊臣兄弟」の母である「なか」(のちの大政所)を演じるのは、坂井真紀さんとなります。秀吉や徳川家康を主人公にしたドラマでは必ずといって良いほど、なかが登場しますが、その中でも筆者の印象に残っているのが、1996年に放送された大河ドラマ『秀吉』に登場したなかです。同ドラマでなかを演じたのは『家政婦は見た!』シリーズでもお馴染みの市原悦子さん。大河「秀吉」に登場したなかは、尾張訛りでしゃべり、秀吉のことを深く想う良き母親として描かれていました。「豊臣兄弟」でのなかがどのようなキャラクターとして活動していくのか楽しみです。
大政所も正式な名前ではない
さて「豊臣兄弟」の母はなか(仲)として一般に知られていますが、実は彼女の名前(実名)は分かっていません。江戸時代初期の儒学者・小瀬甫庵が書いた『太閤記』(秀吉の伝記)や、旗本の土屋知貞(江戸時代前期の人物)がまとめた秀吉の聞書集『太閤素生記』にも、なかという名前は確認できません。なか(仲)という名は江戸時代後期の寛政9年(1797)に初編が刊行された『絵本太閤記』に登場するとされますが、しかし同書は多くの挿絵が載せられた小説であって、その内容をそのまま信じる訳にはいきません。
よって、なかという名前を本来ならば使用するべきではないのですが、便宜上、これまで記載してきました。大政所というのも当然、彼女の名前ではありません。大政所とは摂政・関白の母を言う尊敬語であって、天正13年(1585)に秀吉が関白に任官したことから、秀吉の母は「大政所」と称されたのです。
さて秀吉の母を語る上で欠かせない史料が先ほど紹介した『太閤素生記』とされます。同書には誤りも含まれているものの、秀吉の家族のことを伝える「基本史料」と言われているのです。なぜか。『太閤素生記』をまとめた知貞の養母は、尾張国愛知郡中々村(愛知県名古屋市中村区)の代官・稲熊助右衛門の娘でした。尾張国中村は秀吉の生まれ故郷です。知貞の養母は秀吉と年齢が近かったので、秀吉の家族の話を知貞に聞かせたのでした。