朝ドラ「ばけばけ」(NHK)ではトキ(髙石あかり)が多額の借金を抱える父親のため身を粉にして働く様子が描かれる。コラムニストの藤井セイラさんは「婿養子に迎えられたトキの夫(寛一郎)が大舅から抑圧され逃げ出した展開が印象的だった」という――。
NHK連続テレビ小説「ばけばけ」の記者会見、2025年9月8日、東京都渋谷区のNHKにて。写真左から、吉沢亮、トミー ・バストウ、髙石あかり、池脇千鶴、岡部たかし
撮影=阿部岳人
NHK連続テレビ小説「ばけばけ」の記者会見、2025年9月8日、東京都渋谷区のNHKにて。写真左から、吉沢亮、トミー ・バストウ、髙石あかり、池脇千鶴、岡部たかし

大舅の婿いびりと、それに気づけない妻

「ばけばけ」がおもしろい。「姑による嫁いびり」はドラマの定番だが、連続テレビ小説「ばけばけ」序盤では、「大舅による婿いびり」&「それに気づけない嫁」が描かれた。

主人公・トキ(髙石あかり)の松野家に、銀二郎(寛一郎)が婿入りする。だが、それは思い描いた新婚生活とは違っていた。

時代は明治。没落する武家の中でも、いち早くざんぎり頭に切り替えて、ビジネスに乗り出し、世をうまく渡り歩く者もいれば、トキの祖父・勘右衛門かんえもん(小日向文世)のように、武士のプライドを捨てることはできぬ、と髷を結ったままの男もいた。その間で宙ぶらりんに揺れながら世間に揉まれる、トキの父・司之介つかさのすけ(岡部たかし)のような、娘可愛かわいさだけは誰にも負けない人間もいる。

松野トキ役の髙石あかり
撮影=阿部岳人
松野トキ役の髙石あかり

頑張っても残らない現金、認められない努力

貧窮の中、次男の自分に運は回ってこないと見定めて、松野家に婿入りした銀二郎だったが、「強制される武家らしさ」「生活費獲得のプレッシャー」「パワハラまがいの大舅(じじ様)の鍛錬」によって、次第に追い詰められていく。

暇さえあれば、じじ様は剣の稽古をつけてくる。

「腰が入っとらん!」
「格の低さが表れちょる!」
「そんなことで松野家の当主は務まらん!」

銀二郎はいちいち生家の身分の低さをいわれるが、実はじじ様も偉そうなことをいえる立場ではない。松野家には莫大な借金があった。それを返すためにトキも必死に工場で反物を織るが、経営主の名家・雨清水家うしみずけも時代の流れには抗えず、とうとう倒産の憂き目に遭う。

「稼がなければ妻が遊女に」という焦り

そのため、ますます「婿殿」の肩に重いプレッシャーがのしかかる。いくら稼いでも金は返済に流れていく。よそ者の銀二郎には、松野家の借金の総額すら知らされない。

借金取りが「返せなければトキを遊郭に連れていく」と宣言して帰ったあと、銀次郎はため息まじりに「もっと稼がねばなりませんね……」と深刻な顔で漏らすが、どこまでものんきな舅は「よういうた! 気に入ったぞ」と褒める。「ハァ……、これまでは気に入っていなかったということですね」と返事をするくらい、銀二郎はすでに自尊心を奪われてしまっていた。