息子のために、通勤片道2時間半の田舎に引っ越しを決めた父
生まれは東京都練馬区。両親と姉との4人家族で、物心がつかないうちから生き物が大好きだったという。
「いちばん古い記憶は、自宅前でクロヤマアリ(東京で最も一般的に見られるアリ)が巣に出入りしているのを面白そうに見ていたこと。ベビーカーと虫取り網が一緒に写っている写真が残っているので、本当に小さな頃から生き物が好きだったみたいです」
ほどなくして、一家は茨城県古河市へ引っ越す。渡良瀬遊水地の近くに広大な雑木林が広がる、自然豊かな場所だ。ここで鈴木さんは小学4年生までの幼少期を過ごした。コオロギ、ダンゴムシ、カナブン、バッタ、カブトムシ、クワガタムシ、カニ、ナマズ……。さまざまな生き物をつかまえてきては、自宅で観察した。
「人間と姿かたちの違う生き物は世界をどのように見ているのだろう? いま思い返せば、それを知りたいという気持ちでした」
都会を離れ、多種多様な生き物に触れられる土地で暮らせたことは、後に生物学者を目指す下地になったと振り返る。
「大人になってから両親に尋ねたことがあるんです。父の職場は都心だったのに、どうしてあの時期は茨城に住んでいたのかって。そうしたら、引っ越しは僕のためだったと言うんです。そんなに生き物が大好きなら、自然に囲まれた場所で育てようと。引っ越した後、父は自転車と電車で片道2時間半をかけて通勤していました。だから日曜の朝は遅くまで寝ているんですね。そうとは知らず僕は、早く起きて虫とりに連れていってほしいと父をたたき起こしていました(笑)。そうすると、父は必ず付き合ってくれました」
決して裕福ではなかったそうだが、顕微鏡や『ファーブル昆虫記』などを買ってもらい夢中になった。夏休みの自由研究はひと夏で終えるテーマを選ばず、1年かけて生き物の観察日記をつけて提出した。そんなとき、両親が口を出すことはなかったという。
「外に連れ出してくれたり本を買ってくれたりしても、両親から自然や生き物について、あれこれ教えてもらったことはありません。勉強しろとか、こういう本を読みなさいとか、そういうのもほとんどなかった。好きなことをやりなさいと口では言わず、その環境を用意して、ただ見守ってくれていた。僕は、それがよかったと思っているんです。好奇心の強い子供は、勝手に学ぶものですから」


