研究者の下地をつくった母の何げない一言

母との記憶もまた、虫がらみだ。

5歳の頃、自宅の庭でコガネグモの巣にカブトムシがかかっているのを見つけた鈴木少年は、そのままカブトムシが食べられてしまう様子をじっと観察していた。

「当時よく見ていた図鑑には、『カブトムシは森の王者だからどんな虫にも負けない』と書いてあったのに、なんだ、食べられてるじゃんって。それを母に伝えたら『図鑑に書いていないこと、自分の気付いたことを書き加えていったら?』と言われました。それからはいろいろな気付きをボールペンで図鑑に書き込むようになりました。それを続けていくうちに、図鑑に書いていないことのほうが多いことがわかってきたんです。母は覚えていないって言うけれど、僕はその言葉にすごく影響を受けました。子供にとって、親はとても大きな存在なんですね。親にとっては何げない一言でも、子供の心にいつまでも残っているケースはあります」

この体験が、後の研究成果へとつながっていく。

「昔から世界中に生物学者はたくさんいましたが、誰も鳥の言葉を解明しようとは考えなかった。それはおそらく、学問の枠組みにとらわれていたからではないかと思うんです。動物は言葉を交わさないものとずっといわれてきたし、本にもそう書かれている。本に書かれていることにとらわれすぎていて、目の前で起きていることが見えていなかったのでしょう。僕は本や論文で得た知識と、観察によって知ったことは、頭の中で切り分けて考えるようにしています。本に書かれていることだけがすべてではなく、実際に自然の中で観察すれば新しい発見がある。そう気付けたのは子供のときから自然を観察し、図鑑に書き込み続けてきたから。いまの僕があるのは、父と母のおかげだと思っています」

シジュウカラ
朝早くに、森で鈴木さんが撮ったシジュウカラの姿。コケを運び入れ、未来のわが子のため、ふかふかのベッドをつくっていく。