科学の最前線で活躍する研究者は、子供時代にどのような環境で育ったのか。影響を受けた親の言葉は――? 2025年に英国・動物行動研究協会から、最も栄誉ある国際賞をアジア人としてはじめて受賞することが決まった動物学者であり、話題のベストセラー、『僕には鳥の言葉がわかる』の著者でもある鈴木俊貴さんに話を聞いた。

言葉を交わす生き物は人間だけじゃない

落ち葉の積もった地面をサクサクと踏みしめ、森の奥へ進んでいく。背の高い木々に葉は茂っておらず、見通しはいい。けれど目をこらしても、お目当ての姿を見つけることができない。

「いませんね……」
「いや、いますよ。ほら、聞こえた」

森を案内してくれる動物言語学者の鈴木俊貴さんにそう言われ、あわてて耳をすます。

「ピーツピ」

シジュウカラの鳴き声が、遠くで小さく響いた。取材班にはただの鳴き声にしか聞こえないが、鳥の言葉がわかる鈴木さんは違う。「ピーツピ」という鳴き声でシジュウカラは、「警戒しろ」と仲間に伝えているそうだ。

「ピーツピ」

我々から逃げようとしたのかふたたび鳴き声が聞こえ、シジュウカラが小さな姿を現し、そして消えた。

シジュウカラ

「ヂヂヂヂ」の意味は「集まれ」

4月中旬、長野県。新幹線の軽井沢駅前は、アウトレットモールを訪れた家族連れでにぎわっていた。そこからクルマで10分ほど走って山の中に入ると、駅前の喧噪けんそうとは打って変わって、静けさに包まれた「国設軽井沢野鳥の森」へたどり着く。標高1000~1100mほどに位置する広大な森は環境省によって鳥獣保護区に指定されており、さまざまな野鳥が生息するバードウオッチングの人気スポットとして知られている。鳥だけでなく、ツキノワグマやカモシカが現れることもあるそうだ。

20年前に大学の卒業研究で訪れて以来、この場所は鈴木さんの主要な研究の場であり続けてきた。長いときは1年のうち10カ月ほどを森で過ごし、寝食を忘れて鳥の研究に没頭する。2025年春、「鳥の言葉を解明し、動物言語学という新しい領域を切り開いた業績」によって、英国・動物行動研究協会から国際賞の授与が決定するなど、その研究内容は国内外から高い評価を得ている。

動物言語学とは、その名の通り動物たちの言葉を解き明かす学問だ。鈴木さんによって創設され、世界中の学者たちがさまざまな動物の言葉を理解しようと研究に努めている。

そもそも古代より、人間以外の生き物は言葉を交わさないと考えられてきた。犬はワンワンとほえ、カエルはゲコゲコと鳴くものの、それらは「叫び声」などの単なる感情表現であり、具体的に意味を伝える“発話”とは誰も考えていなかった。

そうした中で鈴木さんは、シジュウカラの鳴き声には意味があることを突き止めた。天敵のタカを見つけたときは「ヒヒヒ」、ヘビを見つけたときは「ジャージャー」と鳴いて仲間に危険を知らせる。「ヂヂヂヂ」の意味は「集まれ」であり、前述の「ピーツピ」と合わせて「ピーツピ・ヂヂヂヂ」と鳴けば、「警戒して集まれ」となる。

それをどのようにして解明したのかは鈴木さんの著書『僕には鳥の言葉がわかる』に詳しいが、基本的には観察して、仮説を立てて、実験によって検証する地道な作業の繰り返しだ。

巣箱を設置し、マイクとレコーダーで鳥の鳴き声を集め、録音した鳴き声をスピーカーから流して反応を見る。雨の日も雪の日も森に入り、自然の中で鳥と向き合い続けて20年という年月を過ごしてきた。いかに鳥好きな人でも、巣箱の前で10時間張り込み、気付いたことをメモする作業を1カ月も続けられるだろうか。ほとんどの人はやれないだろう。しかし、鈴木さんはそれを苦とは思わず、むしろ楽しみながらやれるという。

「鳥の研究者に限らずどんな仕事に就くとしても、ただ好きなだけじゃなくて、それを楽しんでやれるかどうかが大事なんじゃないかな」