【前編のあらすじ】四国地方在住の烏丸珠樹さん(仮名・50代・既婚・IT系会社員)は、現在妻と2人で暮らす自宅から、車で5分くらいのところで一人で暮らす90歳の母親を通い介護している。烏丸さんが育った家庭は荒れていた。船員をしていた父親は、酒を飲むと暴れ、母親と烏丸さんに暴力を振るった。やがて「このままでは殺される」と思った母親は烏丸さんとその姉を連れて伯父の家に逃げ込む。離婚の話し合いを進めたが、父親は応じなかった。
それから数十年後……突然、父親の甥が尋ねてきて、「もう長くないから会ってほしい」と言う。母親と烏丸さんは断ったが、姉と烏丸さんで様子を見にいくと、姉が「あとは私が看る」と言い、姉が最期まで看取った。父親の遺産は、烏丸さんは放棄。母親と姉は父親が住んでいた家をリフォームして貸家にすることにしたが、姉は「借り手がつかない」とウソをつき、その家賃を独り占めしていたことが発覚した――。
物忘れと幻視
元船員で家族に暴力を振るっていた父親が亡くなってから約3年の2021年秋。この頃から、一人暮らしの母親(当時86歳)が玄関の鍵の閉めを忘れることが増えた。
母親は「夜は確かに閉めたけど、朝になったら開いていた」と言うため、烏丸さんは「しっかり者の母なのにおかしいな……」と思い始める。烏丸さんが訪問した時に開いていたこともあり、心配になった。
また、もともと難聴があった母親は、70代後半から自発的に補聴器を使うようになっていたが、頻繁に補聴器を失くしてはヘルパーや烏丸さんが見つけるということが増える。「何をした時にどこに置いた」という一連の行動の記憶がすっぽり綺麗になくなっているということが起き始めた。
「2019年1月に初めて患った直腸脱が2021年7月に再発し、8月に再手術で1週間入院したのですが、腰椎圧迫骨折後もできる限り母は『元気でいなきゃ!』と自主的に体操や家事に勤しんでいたのですが、入院中に絶食が数日続き、すっかり痩せて元気がなくなって退院して以降、動くことが億劫になってしまったようで、寝ていることが増えました」
さらに2022年5月頃、母親は幻視を訴え始める。
「母は昔から、いわゆる『見える人』でした。だから『部屋の中を時々子どもが走る』『今、ここに着物を着た女の子が立っている』と言われてもさほど驚きませんでした。でも、最初に驚いたのは眼科からの帰り道でした」
当時定期的に通っていた眼科で「眼圧が高い、このままだと緑内障になる」と言われ、眼圧を下げる目薬が処方されての帰宅中、突然母親が、「こっち側、なんか凄い石垣やねぇ。いつできたんやろ?」と左側を指さしたときだ。
そこには石垣などなく、普通の住宅が並んでいた。そのうちに、「箪笥に知らない衣類が入っている、誰かよその人が入ってきて入れたんだ」と言い始める。
烏丸さんははっきりと「認知症による妄想が始まったんだ」と確信した。
やがて同年9月末頃。かかりつけの眼科医から「眼圧が30になっている。紹介状を書くので大学病院に行ってください。緑内障です」と言われ、10月に緑内障の手術を受ける。
ケアマネジャーのアドバイスで要介護度の区分変更を申請した結果、母親は要介護1と認定された。