付け焼き刃の言葉はすぐに見破られる

書き手の人生が圧縮されているような文章に、人は心を打たれます。読む人はそこにどれだけ元手がかけられているか、敏感に感じ取るからです。付け焼き刃や借り物の言葉は、すぐに見破られてしまいます。

普段からいい加減な言葉を用いることは禁物。職場はもちろん、家族や友人と話すときなどのあらゆる場面で、自分が発する1語1語をモニターする“メタ認知”を心がけることです。いま話していることは的確か、相手にどれくらい伝わったかと振り返れば、感覚が磨かれていくでしょう。

経営者のなかにも、スピーチ原稿を他人につくらせ、自分は読みあげるだけという人がいますが、それは論外です。自分の言葉でメッセージを発信できるかどうかは、経営者のレベルを測るバロメーターといえるでしょう。

スティーブ・ジョブズは短い言葉に彼の人生観、世界観を圧縮してみせました。有名なスタンフォード大学でのスピーチは、私も暗記するほど繰り返し聴きましたが、ジョブズの揺るぎない人間観、世界観が凝縮されているからこそ、第一級の情報となり何年経っても色褪せないのです。

脳の側頭連合野には、言語の意味を司るウェルニッケ野があり、さまざまな情報を総合してまとめています。そこにありったけの人生の経験を集め、練りあげる。そうしてはじめて人の心を揺さぶる言葉やメッセージが生まれてきます。感動と共感を呼び、長く記憶されるメッセージはテクニックだけでは書けないのです。トップに立つ人には“一文字入魂”の気合で発信してもらいたいものです。

脳科学者 茂木健一郎
脳科学者。1962 年、東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。第4回小林秀雄賞を受賞した『脳と仮想』(新潮社)ほか、著書多数。
(構成=伊田欣司 撮影=向井 渉)
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