限界まで働かなくてはならない社会で助け合いは不可能

ドイツの哲学者・経済学者であるマルクスは、ヘーゲルの歴史における弁証法を応用して、世界史が原始共産制・古代奴隷制・封建制・資本主義制・社会主義制の5段階で発展すると考えていました。

富増章成『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)
富増章成『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)

世界は産業革命によって資本主義制の段階に入りました。この発展に伴って、多くの富が生産される一方で、その限界も指摘されています。実際、現代の競争社会のなかで、働く意味を見失ってしまう人も少なくないのではないでしょうか? マルクスは、このような労働の苦しみの原因は資本主義社会の仕組みにあると考えたのです。

マルクスとエンゲルスに影響を与えたドイツの哲学者フォイエルバッハは、人間が「類的存在」であるとします。「類的存在」とは、物質の生産と交換によって、互いに助け合っていく存在ということです。

しかし資本主義社会では、その理想が実現していません。マルクスによると、資本主義社会においてはあらゆる生産物は商品となり、労働力までが商品化されます。つまり、労働者は自分の労働力を切り売りして、身を粉にして働かなければならないということです。このような社会では、人と人が助け合っていくどころではありません。人は給料をもらうために必死に働きますので、自分のことで精一杯なのが普通でしょう。

自分が機械の部品になったように感じる「労働疎外」

またマルクスは、資本主義社会の「分業」のなかで、労働者の個性が消え去ると考えました。労働者は「誰がつくったのか」がわからない匿名の生産物を大量生産することになると唱えたのです。

そんな状態で働いていると、自分が機械の部品のような気分になるかもしれません。すると、生産物がよそよそしく自分の手を離れていき、「労働から疎外されている」状態に陥ります。マルクスはこれを「労働疎外」と呼び、自己実現を目指す本来の人間の姿から、大きくかけ離れていると考えました。

さらにマルクスは、資本主義では人間対人間を中心とする社会関係がゆがめられて、モノとモノとの関係が社会の中心になると唱え、これを「物神化」と呼びました。これが進むと、まるでモノを手に入れるための貨幣そのものが価値をもつかのような錯覚が生じるとされます。

このように金・モノを万能なものとして崇拝する態度は、物神的性格(フェティシズム的性格)と呼ばれます。資本家たちはこれにとりつかれ、金を貯めるために労働者をこきつかうのです。

マルクスは、社会主義によって、このように労働者が苦しむ状態を救おうとしました。資本家と労働者の対立が消え、階級支配のための政治権力もなくなる社会を目指して運動をしたのです。

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