トヨタの歴史はイノベーションよりイミテーション

トヨタは「生死を賭ける闘い」に臨む条件を整えつつある。それは今回の決算説明会で見えてきた。ただ、電動化、自動化、コネクテッド化という新技術の行方は明確には見えず、ゴールがどこにあるのかもわからない。組織を筋肉質に変え、無駄のないスピード感を取り戻すだけで、混沌とした競争の先頭を走れる保証はない。

2018年5月9日、決算会見で話すトヨタ自動車の豊田章男社長(撮影=安井孝之)

私は会見で、豊田社長に「TPSと原価低減だけでライバルに負けないイノベーションを生むことはできるのか。他に何かが必要なのではないか」と聞いた。答えはこうだった。

「あとはそれを率いる人たちの情熱、元気だ。トヨタの歴史は自動織機も自動車も海外のものをばらばらにしてイミテーション(模倣)から始めた。そこからインプルーブメント(改良)を重ね、イノベーションにつなげた。イノベーションということ自体がトヨタの弱みだ。TPSと原価低減を基本動作とし、結果的にイノベーションにつながるようなトヨタに変えたい」

確かに「イノベーション、イノベーション」と曖昧模糊としたかけ声だけでは何も生み出せない。革新的なアイデアとは、現場でモノやコトを改善し続けるという愚直な取り組みからこそ生まれるのかもしれない。

「未来の笑顔」のためにトヨタは闘っている

豊田社長のスピーチの最後のほうに、こんな言葉があった。

「この闘いは自分たちのための闘いではなく、未来のモビリティ社会をつくるための闘いであり、未来の笑顔のための闘いです」

なぜトヨタは「TPSと原価低減」をやるのか。それはトヨタが業績を上げ、生き残るためだけではない。未来の社会をよりよくするために取り組むのだ、という公益性の意識を組織全体に伝えることが、新しい知恵を生み出す原動力になる。豊田社長は会見の時間を延ばすことで、最高益という数字だけでなく、そうした思いも伝えようとしたのだろう。

「利己」ではなく「利他」のために「TPSと原価低減」を駆使する。そう考えるべきなのだろう。

豊田社長の常套句に「『愛車』というように商品に『愛』がつくのはクルマだけ」というものがある。それをヒントにすれば、

「TPSと原価低減」×「愛」=イノベーション

と言えるのかもしれない。

安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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