日本には無数の井戸があるのだと思いますが、イノベーションを起こすためには、あちこちの井戸の縁を飛び回っては中を覗き込んで、どんな井戸がどこにあって、それぞれどのような様子になっているかを知る人、専門家ほどではないものの彼らと会話ができる程度のリテラシーを複数分野で有する人、すなわち「マルチ・リテラシー」を持つ人が必要になると思います。しかし、そういう人は非常に少ないのが日本の現状ではないでしょうか。そして井戸の底の専門家たちは、縁を飛び回る彼らを見上げて「何をしているかわからない人」「中途半端な人」、さらには「うさんくさい人」とみなしてしまう傾向にある気がします。

協働を取り持てる「E字型」人材の重要性

しかし、そのような「マルチ・リテラシー」のある人こそが、井戸たちの架け橋となり、「天を知る者」同士の新規組み合わせから、イノベーションを導く潜在能力を持っているのではないかと思うのです。たとえば、産官学連携の枠組みであれば、学者とも役人ともビジネスマンとも話すことができる人材や、医工連携であれば、医学にも工学にも通じている人材を増やすことが大事だと思います。枠組みの整備や多様性の連呼にとどまるべきではないと思います。

いわゆる「T字型」人材の重要性に反対はしませんが、日本にイノベーションを増やす上では、僕はどちらかというと、「I字型」ほどは深い知見を持っていなくとも、たくさんの「I字型」人材と信頼関係を結べ、彼らの協働を取り持てる「E字型」人材の重要性を提唱してみたいと思います。そういったマルチ・リテラシーを駆使して井戸の縁を飛び回れる「E字型」人材はそれほどたくさんはいらないかもしれませんが、現状では少なすぎるのが問題だと思うのです。これをもう少し増やすことは、有効な「第三の矢」にもなるのではないでしょうか。

図2:「E字型人材」と「I字型専門家人材」間のネットワーク構造。専門性の掘り下げと複数の専門家間の架橋が分業されている。「マルチ・リテラシー」を有するE字型人材が日本にもう少し増えれば、社会的な「タテ」×「ヨコ」の連携規模が拡大し、イノベーションが活発になるだろう。

そして、「E字型」人材を増やすためには、明治維新から150年経った今も、欧米流エリート教育から学べるところがあると思います。ただし、欧米流は基本的に「T字型」が育つ方向にありますから、全部を取り入れる必要はないと思います。「I字型」になりがちな日本人の一部を「E字型」に持っていくため、すなわち、ヨコ・異分野への広がりを導き、それらを横断できる普遍的・抽象的思考を鍛錬するためには、前述のとおり、アカデミックな個人指導が有効であるように思われます。

多様性のあるキャリアやマルチ・リテラシーが大事だといっても、抽象化して考える思考を丁寧に鍛えられぬまま社会に出、ただ転々と仕事を変えるだけでは、到底、普遍的な能力の育成は望めません。井戸の底の専門家たちに信頼される架橋をすることも難しいでしょう。なので、「E字型」人材を養成する大学の教育課程では、教授の個人指導をがっつり取り入れていくのがよいのではないか、というのが僕の意見です。

橘 宏樹(たちばな・ひろき)
官庁勤務。2014年夏より2年間、英国の名門校LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス)及びオックスフォード大学に留学。NPO法人ZESDA(http://zesda.jp/)等の活動にも参加。趣味はアニメ鑑賞、ピアノ、サッカー等。twitterアカウント:@H__Tachibana
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