地方ではコスト競争力の高い優良現場が増えている

【安井】今回の不正問題で「製造現場は弱くなっている」という根拠のない言説が広まり、経営陣が間違った判断をするととても深刻な事態になりますね。

【藤本】ものづくり現場の強弱の議論は、そうした根拠の薄い思い付きではなく、データと現場観察にもとづいて冷静に行われるべきものです。世界の主要先進国で、GDPの20%前後の製造業比率を持っているのはドイツと日本ぐらいであること、一時期赤字化していた貿易収支が輸出の好調で再び黒字化してきていること、地方を回ればコスト競争力を回復しつつあると語る国内優良現場が増えていること、むしろ人手が足りず仕事をこなすのが大変だという現場が今や多いことなど、実態調査、データ、理論を重ね合わせることによって、現場の現状に関しては、おのずと「慎重な楽観論」が見えてくると思います。

また今回は、皮肉にも、過去の経営陣の時代に発生していながら潜在していた品質問題を、現経営陣が結果として顕在化させたケースも混じっている可能性があります。むろん現経営陣はその責任を免れませんが、問題が顕在化したこと自体は、隠蔽の継続に比べれば社会的にベターなことです。これを契機に日本のものづくりの産業・企業・現場の将来について、現場の実態を踏まえ、かつ論理的にもぶれの無い、まともな議論が進むことを期待しています。

藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。

安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員。1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
(撮影=プレジデントオンライン編集部 写真=ロイター/アフロ)
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