欧州企業にはできて、なぜ日本企業にはできないのか

【安井】神戸製鋼所の不正は、顧客との契約で約束した品質保証について偽装したというものでした。神戸製鋼によると、それが原因で安全性に問題があった事例はない、ということですが、それならば顧客が求める品質が過剰品質だったのではないかと思いますが。

【藤本】先ほどの検査の場合と同様の論理で、そういった仮説は成り立つ可能性はあります。たとえば欧州の部品・材料企業の多くは、日本でなら客先の細かい仕様に合わせて特注品として作り分けるようなものでも、標準品として客先に提示し、製品性能にうるさいはずの高級品メーカーにそれを売り切ることに長けていますが、それが理由で製品の機能が低下しているという話はあまり聞きません。

設計品質にこだわる日本の完成品企業は、細かい仕様の違いにこだわる傾向がありますが、こうした欧州企業の例なども参考にして、この際、最終顧客の観点から見て過剰仕様のものが混じっていないか、再点検をすべきかもしれません。

東京大学大学院の藤本隆宏教授(左)と安井孝之氏(右)

「日本の製造業はもう成り立たない」という大誤解

【安井】神戸製鋼が顧客である素材の供給先に「品質が高すぎませんか。これで十分では」と話せば良かったのではないかと思います。自動車メーカーと国交省の対話も必要ですが、顧客との対話も不十分だったのではないかと思ってしまいます。

【藤本】監督官庁、顧客、もちろん社内の現場と経営陣の対話、コミュニケーションの重要性は今後ますます必要です。良い現場は現場の生き残りのために、ものづくり能力構築の努力をずっと続けています。円高や新興国の台頭で「日本の製造業はもう成り立たない。国内工場は閉鎖して海外展開するしかない」と、実践的にも理論的にも誤った言説が広がった時期においても、物的生産性を2年で3倍、5年で5倍など大幅に伸ばし、その多くが結局は存続しました。それにも関わらず経営陣が、実は競争力を増していた現場の実態をちゃんと把握できず、結果として国内の高生産性工場を閉鎖するというような、今から考えると誤った経営判断を下した会社も残念ながらありました。

現場のダイナミックな能力構築のロジックを十分に理解せず、誤った判断を下す経営が横行すれば、日本の製造業にはとても悪い影響を与えます。私は日本の特徴として「強い現場に弱い経営」と言うことが多いのですが、「強い現場に強い経営」になってもらわなければ、良い現場が浮かばれません。もっとも近年は、そうした「強い現場に強い経営」を実現している頼もしい日本企業の例も増えていると感じます。欧米の目覚ましい成功企業例だけではなく、われわれはそうした身近な日本企業の成功例からも学ぶべきでしょう。