再開発における地権者との交渉の複雑さは、先代社長・森稔が著書『ヒルズ 挑戦する都市』でアークヒルズの開発についてこう書いている。
〈赤坂地区と六本木地区を一体的に再開発しようとしたことも、猛反発を食った。(中略)榎坂、霊南坂を上がった赤坂地区は江戸時代からの由緒あるお屋敷町。一方、崖下の六本木地区は路地裏に棟割長屋がひしめく下町。昔から住民同士の交流はない。互いに「一緒になど住めるか」というわけだ〉
担当者は地権者との対話のきっかけを掴むために月2回のペースで手づくりのコミュニティ誌「赤坂・六本木地区だより」を発刊し、これを持って、一軒一軒訪ね歩いたという。

【辻】アークヒルズや六本木ヒルズといった街づくりを通して、再開発をすればみなさんのためになるというのが次第にわかってもらえるようになっていきました。

「逃げ出す」よりも「逃げ込む」場所へ

2016年3月期事業別売上高

【弘兼】結果として、六本木ヒルズは、旧来の地区を再構成し、新しい街として価値を高めることになりました。いわば地域の活性化です。

【辻】六本木ヒルズには、住居、オフィスのほか、店もあって、映画館も美術館もあります。これを一つの街としてブランディングしていこうと「タウンマネジメント」が生まれました。「都市をつくり、都市を育む」ことを通じて、世界中から人、モノなどを引き付ける「磁力ある都市づくり」をしていこうというものです。

タウンマネジメントの効果の一つとして防災という面もあります。

【弘兼】防災?

【辻】これまでは地震が起きたら、外に出ろと言われていましたよね。東日本大震災のとき、この“街”の人はほとんど外に出なかった。外に出ると何が降ってくるかわからない。建物の中にいたほうが安全だとわかっていたんです。六本木ヒルズの場合、「逃げ出す」よりも「逃げ込む」場所になっていたのです。さらに震災で家に帰れないという帰宅難民の方も受け入れました。

【弘兼】ビルの中に発電所があり、停電しないとか。耐震性にも優れていると聞きました。

【辻】六本木ヒルズの51階にある会員制クラブのワイングラスが一つも割れませんでしたから。

【弘兼】食料の備蓄はどうなっているんですか?

【辻】六本木ヒルズだけで10万食、森ビルの施設全体で27万食の備蓄があります。建物の中にある備蓄用の倉庫に入れています。この六本木ヒルズという“街”を中心に、六本木エリア全体に波及していく。備蓄食料の共有、電力の供給などもすればいい。タウンマネジメントというのは単なる地域の活性化やブランディングではなくて、災害対策やインフラ整備でもあるんです。

【弘兼】森ビルは、六本木ヒルズのほか、新しくできた虎ノ門ヒルズなど、港区を中心として東京都の開発に特化しています。辻さんは4年後の東京オリンピックが東京にどのような影響を及ぼすと見ていますか?

【辻】森記念財団の都市戦略研究所で「世界の都市総合力ランキング」というのを出しています。今、1位はロンドン。ロンドンは2012年にニューヨークを逆転してから首位を守っている。その要因を分析すると、やはり12年のロンドンオリンピックなんです。