ヘソクリを含むタンス預金が約44兆円あると言われる日本。配偶者にこっそり派、家族公認派がいるが、ヘソクリを通じて現代のリアルな夫婦の姿が浮かび上がった。

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夫の知らない妻の驚くべきヘソクリ術

ヘソクリには、幸福なヘソクリと不幸なヘソクリがある、と言うのは明治大学政治経済学部准教授でエコノミストの飯田泰之氏。

「不幸なヘソクリは、妻が夫の稼いだ金を自分の口座に移し替えて自分のモノとするだけでなく、アクセサリーや洋服など個人的なものを購入するようなパターンです。例えば、妻の身なりはいつもキレイでも、夫の晩酌に出されるビールが、当初の麦芽100%の商品から→発泡酒→第三のビール・超格安のプライベートブランドアルコール飲料と、ランクが下がっているなら不幸なヘソクリである可能性が高いかもしれません」

家族や夫のための消費なら、文句はない。ヘソクリを原資にたまに高級な食材を仕入れたり、家具や小物を購入したりするのなら、悪くない。

飯田氏にとって理想的なヘソクリ法は、落語「芝浜」に登場する妻のやり方だという。

ストーリーを簡単に紹介しよう。

長屋に暮らす酒好きで怠け者の魚屋の亭主がある朝拾った数十両の大金の入った財布。女房は、それを亭主が酔って寝ている間に隠した。もう仕事などしないで拾った金で飲み食いしようとする亭主に対し、女房は「財布なぞ最初から拾ってない、あんた夢でも見たのでは」とシラを切る。その一件で、亭主は深酒を反省し、仕事に打ち込んで成功を収める。すっかり働き者になった亭主を見た女房は、実は、財布を拾得物として役所に届けたこと、時が経っても落とし主が現れなかったため、役所から拾い主の亭主に財布の金が下げ渡されたこと、そしてその金を大事にとっておき、ヘソクリしていたことを告白する……という人情噺だ。

「亭主は、自分を案じる女房の心遣いのおかげで、真人間へと立ち直ることができ、女房の機転とヘソクリに強く感謝します。この落語作品から言えることのひとつに、お金は自分以外の信用できる誰かに託したほうがいい場合もあるということです。自分でお金を持っていても何となく使ってしまうことが少なくありません。でも、ファンドマネジャーのように、顧客(自分以外の人)から預かったお金だとムダなく、合理的に使うことができる傾向があるのです」

むろん、お金を預けるのが、文頭で触れた不幸なヘソクリをする妻では失格だが、そうでなければ「妻のヘソクリ力に懸けてみる」のは案外いいアイデアかもしれない。