「ゼネコンは公共事業のウェイトが高く『創業家の看板=信用と人脈』が物を言う。ゼネコン6位の戸田建設は今年の株主総会で創業家の戸田守道常勤監査役が取締役に復帰。将来の創業家への大政奉還への布石と見られている。一方、毎年のように大政奉還が取り沙汰されながら実現しないのが鹿島建設。社内では“次期社長もプロパーが就き、創業家からの登用は見送られるのではないか”と囁かれています」

ゼネコン業界の雄・鹿島建設の社員はそう語る。長く創業家から社長を輩出してきた同社だが、1990年以降は創業家以外の社長が3代続いている。

「05年にプロパーの中村満義氏が社長になったが、社内では創業家の渥美直紀氏が本命視されていた。“鹿島のドン”の鹿島昭一元会長が“時期尚早”と見送ったといわれている」(同社員)

鹿島家は代々、東大卒のキャリア官僚の婿取りで政官財に人脈を拡大。中興の祖・鹿島守之助氏も東京帝大卒の元外交官で鹿島家に婿入り。守之助氏の3人の娘も渥美健夫氏(旧商工省)、石川六郎氏(旧運輸省・初代経団連会長石川一郎の息子)、平泉渉氏(外務省)と結婚。渥美、石川両氏は後に鹿島社長、会長に、平泉氏は衆院議員を務めた。

本家の鹿島昭一氏は守之助氏の長男で8代目社長。現在も取締役相談役として社内ににらみをきかせている。昭一氏の長男の光一氏は07年に36歳で取締役就任。「将来の社長候補」だったが、昨年6月、突如解任された。

「社内では、父親の昭一氏との確執が原因と言われている。一方、分家の渥美家の直紀副社長(妻は中曽根康弘元首相の娘)は次期社長の大本命だが毎年“今年こそ”と言われて実現せず。また分家の石川家の石川洋専務は渥美副社長に次ぐ社長候補。平泉家からも平泉信之氏が取締役入りしているが、父親の渉氏が鹿島会長、社長未経験。社長候補ではない」(鹿島関係者)

中村体制は来年で10年。渥美副社長は65歳に。「来年大政奉還がないと、副社長のまま終わるかも。分家のバランスから石川洋氏の目も消え、今後もプロパー社長が続くかもしれない」(同前)。創業家の復権なるか?