「日本政府と東電は賠償金や見舞い金を出すだけで雇用創出は手つかず。仕事がないのに地元に帰ることはできない。いまのままでは、たとえ除染処理が完了して、計画的避難区域の指定が解除されたとしても、地元に帰れるのは年金生活の高齢者だけということになりかねない」

3.11震災後、ほぼ毎週被災地入りし続ける経済ジャーナリストの浪川攻氏はそう憤る。浪川氏は現地をインターネットなどでレポートする一方、福島県・飯舘村などで被災地の雇用創出のためのボランティア活動を続けてきた。「政府と東電がやらないなら住民自身で仕事をつくるしかない」(浪川氏)と、特に力を入れているのが“メード・イン仮設住宅”の着物など製作販売の後押し。福島市内の仮設住宅で避難生活中の飯舘村の主婦たちが手作りした縫製品を、企業などの協力を得て各地で展示販売している。

「避難先では仕事がなく老人や主婦は家にこもり、うつ病や認知症になる人も。そこで団地の管理人の呼びかけで2年前、主婦たちが集会所に結集。地元の特産品“までい着”づくりが始まった」(同)

協力企業はセブン&アイ・ホールディングス、そごう百貨店、西武百貨店、そごう百貨店、ツカモト、羽田空港ビルなど。2年前の3月に千葉県柏市のそごうで展示販売したのを皮切りに、羽田空港ビルの常設販売コーナーなどのほか、シンガポール労働省主催の現地イベントでも販売。3月29日には東京・京橋商店街主催の春祭りで展示販売が行われる(※開催終了)。

当初、までい着だけだった商品は、いまでは財布などの小物からストール、チュニック、アロハシャツにまで拡大。

「ミシンはセブン&アイが無償で提供。また西武百貨店とツカモトの協力で流れ作業による縫製品づくりが可能に。オリンピックの日本選手団のユニホームをデザインした西武百貨店所属のデザイナーが仮設住宅の集会所に足を運び、直接指導してくれたことも」(浪川氏)

飯舘村の避難区域指定が解除され、村民の帰村が始まるのは再来年の見込み。

「村に1つある縫製工場は現在稼働停止。その持ち主の奥さんが主婦たちに加わり“帰村したらみんなで工場を使いましょう”と」(同)。2年後、“メード・イン飯舘村”の縫製品がお目見えしそうだ。