「世間をお騒がせして」では起こした問題に対して謝罪していない

加藤良三前プロ野球コミッショナーはその典型です。加藤前コミッショナーは謝罪の記者会見で「私は不祥事だとは思っていない」とはっきりいいました。これはまったく解析がなされていないからです。

以前より急にボールが飛ぶようになったら投球や打撃、守備に大きな影響を与えるでしょう。ひょっとしたらバレンティン選手のシーズン本塁打記録は、ボールの変更なしには生まれなかったかもしれません。

ボールの変更は選手にとって成績や年俸に関わってくる大きな問題です。一つのエラーがその後の選手生命に関わることもあるのです。労働組合・日本プロ野球選手会は加藤前コミッショナーに対し不信任を突きつけました。当然の帰結でしょう。

解析が甘いまま会見を行うと、「世間をお騒がせして申し訳ありません」というお詫びの言葉を頻発します。みのもんたさんもそうですし、暴力団融資問題が発覚したみずほ銀行の佐藤康博頭取も繰り返しいいました。

しかし、このお詫びの言葉は騒ぎになったことを詫びているだけで、起こした問題そのものに対しては謝罪をしていません。だから「世間をお騒がせして……」というフレーズで、被害者や視聴者にお詫びの気持ちは伝わりません。すなわち、解毒の力が弱い。むしろ毒を消すどころか増やしてしまう結果を招きます。

起こした問題に対して謝罪できないのは、被害者の顔が見えていないからです。危機管理では常に、被害者の顔を思い浮かべなければなりません。

みずほ銀行の預金者のなかには、暴力団の犯罪被害者もいると思います。恐喝、振り込め詐欺、保険金殺人……。自分の預けたお金が自分を苦しめている暴力団に融資されたら、その人はどう思うでしょうか。そうしたことに思いをめぐらせていないから、「世間をお騒がせして……」で済まそうとするのです。