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バブル以来の株高や大企業の賃上げが話題になる一方、インフレや円安の進行が景気の懸念材料になるといわれます。ニュースをにぎわす経済現象は身近な景気にどう結びつくのでしょうか。経済評論家の加谷珪一さんが、経済の不思議をやさしく読み解きます。第3回のテーマは、《国際収支をどう見るか》です。

貿易収支が赤字でも経常収支は黒字になるカラクリ

日本の貿易収支が連続して赤字になるなど、国際収支に関するニュースをよく目にするようになりました。国際収支が悪化すると、様々な影響が国内経済に及びます。今はそれほど心配しなくても大丈夫ですが、日本の国力が年々低下している現実を考えると、今後の動きには注意が必要です。

国際収支について、ごく簡単に解説すると、外国との取引によっていくら受け取り、いくら支払ったのかを示す指標ということになります。

国際収支の中で最も重要なのは「経常収支」と呼ばれるもので、経常収支は主に「貿易収支」と「所得収支」の2つで構成されています。

貿易収支は輸出した金額から輸入した金額を差し引いたものです。例えば、日本が年間10兆円の輸出を行い、輸入が5兆円で済んでいれば、貿易収支は差し引き5兆円の黒字になります。一方、輸出が5兆円しかなく、輸入が10兆円だった場合、貿易収支は5兆円の赤字となります。このケースでは、貿易によって年間5兆円が海外に流出していることを示しています。

所得収支というのは少し難しい用語ですが、単純化すると投資からの収益と考えてよいでしょう。

日本企業や政府、個人は多くのドル資産を持っています。例えば100兆円のドル資産が日本にあった場合、米国債で運用すると、今の金利であれば毎年4兆円程度の利子収入が得られます。これは貿易ではなく、投資で得た収益ですから、この場合には4兆円の所得収支の黒字と計算されます。

先にも触れたように、経常収支というのは貿易収支と所得収支を足し合わせたもので、最終的なお金の出入りを示しています。貿易黒字が5兆円で、所得収支の黒字が4兆円だった場合、経常収支は9兆円の黒字となり、日本には差し引き9兆円のお金が入ってきたことを意味しています。

2010年ごろから企業の競争力が衰え「貿易赤字」体質に

これまで日本の経常収支は具体的にどう推移してきたのでしょうか。

終戦直後の日本は焼け野原となり、資金もゼロの状態で経済を運営しなければなりませんでした。当然のことながら海外に投資をして利子や配当を受け取るような余裕はありません。

昭和の時代は日本人全員が必死になってものづくりに励み、米国など外国に製品を輸出しました。一方、工業製品を作るためには、石油などのエネルギー源や原材料を輸入する必要があります。昭和時代の日本は、工業製品の輸出で成功しましたから、工業製品を売って受け取ったドルと、石油や原材料の支払いに使ったドルの差額がプラス、つまり貿易収支は黒字で推移してきたわけです。

この状態が長く続くと、日本には毎年、貿易で得た黒字が蓄積していき、莫大な額のドル資産が生まれます。日本はこのドル資産を米国債などに投資して、利子収入も得るようになりました。利子や配当などで構成される所得収支の金額は年々増加し、2005年以降は貿易で得た黒字よりも、投資で得た金額の方が大きくなり、日本は貿易よりも投資で稼ぐ国に変貌しました。

貿易で黒字となり、さらに投資利益も加わるわけですから、当時の日本は国際収支上では非常に恵まれた状況でした。しかし2010年ごろから様子が変わってきます。

高い国際競争力を持っていた日本企業の力が急激に衰え、輸出の力が弱くなり、貿易赤字に転落する年が増えてきたのです。2010年代後半には少し持ち直しましたが、2020年代に入ってからは円安が進んだこともあり、貿易赤字の金額は増える一方となっています。

【図版】加谷さん連載③経常収支

日本企業の競争力低下と円安が進んだことから、多くの専門家が、日本は貿易赤字になりやすい体質に変貌したと指摘しています。実際、私たちの日常生活を眺めてみると、輸入依存度が上がっていることが分かります。

所得収支「黒字」の半分は「見かけ上の利益」にすぎない!

日本は資源に恵まれない国ですから、石油や天然ガスを輸入しなければならないのは以前から変わっていません。小麦など食糧の多くが輸入品であることも昔と同じです。しかし昭和から平成の時代にかけては、工業製品のほとんどは自国製でしたが、今は違います。テレビや冷蔵庫など電化製品、スマートフォンやパソコンなどデジタル機器のほとんどが輸入品になってしまいました。

多くの人が米国企業の開発したソフトウェアを使っていますし、各種クラウド・サービスもほとんどは外国企業が提供しています。エネルギーと食品に加えて、家電とデジタル機器の多くを輸入している状態ですから、以前と比較して貿易収支が悪化しやすいのは間違いないでしょう。

貿易収支が不安定化する一方、投資から得られる所得収支の金額は安定しており、円安によって見かけ上の金額も増えています。貿易収支が赤字になっても、所得収支のプラスがそれを補う構図であり、最終的な収支である経常収支は依然として黒字を維持しています。

この状態を続けられれば、貿易赤字体質が定着しても、富が海外に流出する心配はありません。しかしながら、安心してはいられないというのが偽らざる現実です。その理由は、所得収支の半分は日本企業がコスト対策として海外に移転した工場から得られる、見かけ上の利益にすぎないからです。

日本企業が外国に工場を作って製品を出荷した場合、海外の現地法人はドルなどの外貨で販売代金を受け取ることになります。現地法人が獲得した利益は、計算上は投資からの収益に計上されますが、そのお金はあくまで帳簿上のものにすぎません。

現地法人は、現地従業員への給料の支払いや部品の仕入れなどで、そのお金を使ってしまいますから、稼いだ外貨を日本国内に送金することはないのです。しかも、これらの工場(現地法人)は、コスト対策で海外に移転したものですから、いつかは新興国にその座を奪われる可能性が高いでしょう。そうなると将来的には、海外から投資で得られる収益、つまり所得収支の金額も減ってしまう可能性があるのです。

所得収支が減少し、現在のような貿易赤字が続いた場合、最終的な収支である経常収支が赤字転落する可能性もゼロではありません。経済学の理屈上、経常収支が赤字だからといって成長ができないというわけではありませんが、現実問題として経常赤字に転落した国の大半は経済的に困窮しています。

こうした状況を考えると、経常収支の黒字は何としても維持する必要があります。弱くなった日本企業の競争力を復活させ、貿易収支を改善する努力が必要でしょう。また、今あるドル資産を最大限活用できるよう、投資力を強化することも重要です。