円安時代に局面が変わった日本経済をふまえ、これから投資をするなら海外市場がよさそうに思えるが、本当によいのだろうか。プロ投資家の藤野英人さんは「日経平均10万円」時代の到来を予測し「日本株が成長する未来」を提示している。藤野さんに日本株を買うべき理由と日本経済の未来の姿を聞いた。
日経平均10万円どころか15万円もありうる?
日経平均株価は2024年4月、史上初の4万円台を記録した。バブル景気を肌身で感じることなく、社会で働き始めたときからデフレ下にあった筆者としては、隔世の感がある。なにせ、1万円にすら届かない時代が長く続いたのだから。
しかし、4万円台は一瞬のことで、その後株価は一息ついて3万8000円台で推移し、やがて3万5000円台に下落した(8月2日現在)。やはり、今の日本経済に上り調子が続くほどの底力はないか……そう思っていたところに目に付いたのが『「日経平均10万円」時代が来る!』という一冊。著者は投資信託「ひふみ」シリーズの最高投資責任者で、レオス・キャピタルワークス 代表取締役社長の藤野英人さんだ。
「今の日本と世界の状況を深く分析したら、日経平均10万円というのは決して高い目標ではありません。私は10年後の2034年には日経平均10万円を記録すると予想していますが、15万円に届いても不思議ではないとすら思っています。重要なのは、目先の数字に一喜一憂せず、長期的な視点を持って投資するということ。いま新NISAなどもあって投資に興味を持つ人が増えていると思いますが、その方々に『長期で投資し続ける』視点を持ってもらいたいと思っています」
もし本当に日経平均15万円になると、2008年のリーマンショック時に記録した底値である7162円の20倍以上にもなる。そんなことがありうるのか、と思わず疑ってしまうのは、日本経済の低迷期を長く見過ぎたことの弊害なのだろうか。
もちろん藤野さんは根拠をもって「日経平均10万円」を提唱している。理由は大きく3つある。
「眠くてつまらない」日本企業の経営者が変わり始めた
「1つ目は、日本の大企業の経営者の意識が変わったこと。以前は大企業の社長と会話すると、ゴルフや健康、どうしたら勲章をもらえるかといった話ばかりで、ビジョンや気概のある経営者はほとんどいませんでした。海外投資家からも『スリーピング&ボアリング(眠くてつまらない)』などと言われており、私も失望していたので中小型株中心に投資していました」
しかし、2014年に経済産業省が発表した「伊藤レポート」では「ROE(自己資本利益率)の目標水準8%」を宣言。「純利益÷自己資本」で算出するROEを、企業の収益性を見るための最も重要な指標として取り上げたことをきっかけに、日本株市場に大きな変化が生まれ始めた。
「伊藤レポートに加え、東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)1倍割れの上場企業に対して改善策を開示して実行するよう要請するなどといった動きもあり、日本企業のガバナンスは大きく改善しました。同時に上場企業の社長の世代交代も進み、以前のようなサラリーマン社長タイプから、グローバルな視点を持ち、株式市場と対話できる経営者に変わり始めました。日本の大企業の中に、長期的な株価上昇を期待できる会社グループが発生しつつあるのです」
大谷翔平、藤井聡太のようなニュータイプの経営者
2つ目は、大企業だけでなく若い起業家や有望なスタートアップが日本で育っていること、と藤野さんは続ける。
「政府は2022年を『スタートアップ創出元年』に定め、スタートアップ投資に本腰を入れ始めました。この成果は1年や2年では出ませんが、10年となると話は別。事実、ニュータイプの経営者が生まれてきています」
藤野さんが新世代として真っ先に名前を挙げたのは、スキマバイトアプリのタイミーを創業した小川嶺氏。メガバンクから180億円超の資金調達を実現させるなど、27歳にしてスケールの違うビジネスを展開している。M&A総合研究所の佐上峻作代表も、33歳にして米『Forbes』誌の日本人長者番付にランクイン。資産1725億円の最年少ビリオネアとして注目を集めた。
「いまの日本の20代には大谷翔平や藤井聡太など、それまでとはレベルもタイプも違う逸材が生まれ始めています。彼らは昔の成功者のように偉ぶることなく、派手な夜遊びをすることもない。自分のやるべきことだけにフォーカスしているんです。そんなニュータイプが起業家にも生まれ始めていると感じています。小川さんと話をしても、知識も能力も人間力も、そこらの経営者の比ではないと感じました。この世代の人たちや会社が10年後にはとてつもない成長を果たしていると、私は確信しています」
日本の物価はますます上がっていく
3つ目は、言わずと知れたインフレだ。物価高だと騒がれているが、日本の物価はグローバルな観点から見るといまだ割安にあることは明らか。藤野さんは「長い目で見れば物価は平準化する」として、日本の物価高はこれからが本番だと予想する。
「先日、ロンドンへ出張に行ったのですが、日本だと300円くらいのサンドイッチが日本円にして1000円以上で売られていました。食べてみると、日本のサンドイッチの3分の1も美味しくない。3倍高くて3倍まずいわけですから、価値としては9倍も違うわけですね(笑)。明らかに異常で、こんなことは長く続かないでしょう」
いま牛丼は500円くらいだが、5年後には1000円、10年後には1500円になっていてもおかしくない、と藤野さんは話す。物価がそうなれば、株価も2倍、3倍になるのは必然というわけだ。確かに来日外国人が日本の食やサービスを安いと絶賛する光景は、当たり前のように見かけるようになった。インバウンド消費がさらに高まり、ブランド品や不動産などの高価格帯のものまで買い占めるようになれば、日本の物価はますます上がっていくだろう。
日経平均10万円時代の世界が幸せとは限らない
しかし、そうすると日本の一般人はどうなるのだろうか。株価が3倍になったからといって、給料が3倍になるとは想像しがたい。
「そこがまさに問題で、私も『日経平均10万円の世界が幸せとは限らない』と言っています。インフレ下の世界では、金融資産を持っている人にとっては有利に働きますが、持っていない人にとってはそうではありません。つまり、格差が拡大するのです」
インフレ下では、現金をため込んでいるだけではその価値を実質的に目減りさせてしまう。長く続いたデフレ時代とは全く逆の思考で投資を始めなければ、どんどん苦しい立場に追いやられてしまうのだ。
「投資=悪とか、怖いといったイメージを持つ人は今も少なくありません。なぜ怖いのかといえば、それはボラティリティ(価格の変動性)があるから。つまり、下がるかもしれないという不確定要素であり、将来不安です。結果として、投資を始めても少し下がっただけでその痛みに耐えきれずに売ってしまう。長期的に持ち続けていれば上がる可能性のほうが高いのです。ですから、私は10年先を考えて長期的に持ち続けることの大切さを訴えています」
株価が下がったときにこそ買い、上がったときにこそ売る――。そういうメンタリティこそが投資家には必要と藤野さんは語るが、人間の脳は得よりも「損」に痛みを感じるようにできていると、行動経済学でも立証されている。この心理的葛藤を乗り越え、長期的に投資を続けることが資産を築くポイントになるだろう。
(取材協力=藤野英人、構成=田中裕康)