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バブル以来の株高や大企業の賃上げが話題になる一方、インフレや円安の進行が景気の懸念材料になるといわれます。ニュースをにぎわす経済現象は身近な景気にどう結びつくのでしょうか。経済評論家の加谷珪一さんが、経済の不思議をやさしく読み解きます。第2回のテーマは、《歴史的円安のメリットとデメリット》です。

今の日本経済の実情からはデメリットのほうが大きい

ドル円相場が1ドル=160円を突破したことで、円安の是非をめぐる議論が活発化しています。為替の変動には常にプラスとマイナスの面があり、円安がそのまま日本の利益や不利益になるわけではありません。為替の変動が最終的に経済にどのような影響を与えるのかは、その国の産業構造がどうなっているのかに依存します。残念なことですが、今の日本経済の実情を考えた場合、デメリットのほうが大きいことはほぼ間違いないでしょう。

為替の影響をごく簡単に説明すると、円安になると輸出企業にとっては有利になり、輸入企業にとっては不利になります。

例えば、1ドル=100円だった時代、海外に向けて1ドルで製品を売る企業は、日本円で100円しか受け取ることができませんでした。ところが1ドル=160円になると、同じ1ドルの商品を売った時に得られる日本円ベースでの代金は160円となりますから、円安になった分だけ企業は大きな収益を得ることができます。

当然ですが 輸入の場合、影響はその反対になります。

1ドル=100円の時代であれば、1ドルの商品を外国から買うのに100円で済んだわけですが、今は同じ1ドルの商品を買うために160円を支払わなければなりません。そうなると、同じ商品の購入であっても、日本が負担する金額は増える結果となります。

このところ、円安によって食料品価格が大幅に上昇していますが、その理由は、食料品の多くが輸入によって成り立っているからです。パンやパスタ、菓子類などに多用されている小麦粉は9割近くが輸入ですので、為替の影響を大きく受けてしまいます。乳製品や食用油なども多くが輸入ですから、食卓に並ぶメニューの大半が円安の影響を受けると考えて良いでしょう。

なぜ日本の田んぼで作るコメまで円安の打撃を受けるのか

純粋に国産品であり、為替の影響を受けにくいと思われているコメですら例外ではありません。

コメを作るためには農機具などを動かさなければならず、多くの燃料を使いますし、採れたコメを国内で流通させるにはトラックが必要となります。魚も同じで、漁船を動かすには燃料が要りますから、近海で取れた魚であっても為替の影響を受けてしまうのです。

最近では食料品だけでなく、スマホやテレビ、パソコンなど電化製品までも輸入に頼るようになっていますから、これらの価格も円安によって軒並み上昇しています。

こうしたことからも分かるように、円安が進むと私たち消費者の生活は苦しくなります。一方で、昭和から平成の時代にかけては、円安になると日本経済には大きなメリットがあると説明されてきました。その理由は、日本メーカーの多くが海外に製品を輸出しており、為替が円安になると、日本円ベースでの業績が拡大し、これが賃上げなどの効果をもたらしていたからです。

つまり、円安が日本全体にとってメリットなのかデメリットなのかについては、輸出企業の業績が拡大することによる賃上げ効果と、輸入品の値上げによって消費者が負担しなければならないコストとの兼ね合いで決まります。

昭和の時代には、日本メーカーの多くが低賃金を生かして国内で製品を製造し、それを輸出していましたから、円安が進むと業績が拡大し、賃金も上がっていきました。当時も、円安によって輸入物価が上がるという問題は起こりましたが、それ以上に企業の業績拡大と賃上げ効果が大きかったと考えて良いでしょう。

ところが平成以降は、多くの企業が中国や東南アジアなど、コストの安い地域に工場をシフトしました。そうなると、当該企業の業績が円安で拡大しても、あくまでも帳簿上だけのものであり、国内にお金が落ちるわけではありませんから、日本経済に大きなメリットはもたらしません。一方で、私たち消費者はどの時代であれ、外国から製品を輸入する必要があるため、工場が外国に出て行ってしまった今、円安はデメリットのほうが大きくなります。

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海外へ移転した工場を国内に戻せば日本経済はまた潤うのか?

海外に工場を移転させたことで円安のメリットを享受しにくくなっているのであれば、国内に工場を戻せばよいとの考え方が出てきます。実際、一部の論者は、「国内製造に回帰することで、日本経済の復活が可能になる」と主張しているようです。

確かに、海外に出て行った工場を国内に戻せば、今よりも円安メリットを享受しやすくなるでしょう。しかしながら、以前のように日本経済が潤うのかというと、そう簡単にはいきません。なぜなら国内に工場を戻した場合、原材料を輸入しなければならず、円安によるコスト増について考慮する必要があるからです。

国内に生産ラインを戻して大きな収益を獲得するためには、円安が進んだ分だけ価格を下げ、販売数量を増やさなければなりません。販売数量が増えないままでは、円安で見かけ上、売上高が増えても、同じ割合だけ原材料の輸入コストが増えるので、思ったほど利益は増えないのです。

では、円安によって値引きできる製品というのは、どのような種類でしょうか。

それは、価格が主な差別化要因となっている、あまり付加価値が高くない製品です。こうした製品は、値引きをすると販売数量が増えますが、付加価値が低い製品はそもそもの利益の絶対値が少ないですから、日本経済全体を劇的に向上させるほどの効果をもたらすのかは疑問です。

昭和の時代ならともかく、今の日本メーカーは付加価値の高い製品を製造しています。こうした製品は利益率を高く設定できる一方、値引きをしたからといって販売数量が大きく増えるわけではありません。

国内で作られたものはできるだけ国内で消費することで、相対的に輸入を減らすことが可能となります。国内生産が増えれば、その分だけ国内に落ちるお金が増え、最終的には賃上げにつながっていきます。したがって国内生産を増やす努力は重要ですが、円安のデメリットを根本的に克服するためには、日本企業の技術力を高め、さらに利益率の高い製品を輸出することで、コスト増の悪影響を打ち消す必要があります。

企業の付加価値を高めることができれば、為替がどう推移しても利益を得ることが可能となりますから、これこそが経済成長の鉄則であり、日本が目指すべき方向性といえるでしょう。