2010年に導入された「イノベーションアワード」は、自ら考えた新規の取り組みを応募し成果を競う“社員が声を上げる”仕組みだ。社外広報で部長を務める嘉納未來さんは、「声を上げれば、会社を変えることができる可能性が誰にでもある」と語る。

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長い目で商品と人を育てる

要求は高いが、サポートも惜しまないのがネスレの風土だ。ペットフードのマーケティングを担当する栗田さんは27歳のとき、栄養・機能性をコンセプトにしたペットフードの主力ブランド「ピュリナワン」の日本市場導入を担当したことがある。アメリカ生まれの製品を日本向けにアレンジし、広告にも知恵を絞ったが、期待の大型商品は目標の売り上げに届かなかった。

ネスレピュリナペットケア マーケティング部 栗田奈央子さん「失敗に対しての圧力はありません。解決策をみんなで考えてくれる」

「それでも失敗はおまえのせいだという圧力になるのではなくて、じゃあどうしようかとみんなが一緒に考えてくれるという感じでした」

その後も栗田さんは調査と改善を重ね、「ピュリナワン」は発売から10年以上経ったいま、ペットフード事業の柱となるまでに成長している。結果を出せなかった社員を切り捨てることなく、長い目で商品と人を育てる文化も日本的なネスレの一面といえる。

嘉納未來さんは2001年に派遣社員から正社員に登用され、いまではエクスターナルリレーションズ部(社外広報)部長を務めるという出世ぶりだ。

「新卒で入社した損害保険会社で示談交渉を担当していたときに、消費生活アドバイザーの資格のことを知って、消費者と直接対話ができるお客様相談室の仕事がしたいと思いました」

嘉納さんは会社を辞め、派遣社員で働きながら消費生活アドバイザーの資格を取得する。しかし――、

「当時、お客様相談室はいろんな部署を経験したベテラン社員が働く部署だったので、新人がいきなり配属されることはないとわかりました。それなら派遣会社からオペレーターとして入るのが近道だと思ったのです」

自分らしい「リーダーシップ」を模索

嘉納さんがユニークなのは、やりたい職種にまっすぐなところだ。身分や給与は二の次。その当たって砕けろ精神が道を開いていく。

「2000年に集団食中毒事件があって、その影響から食品会社には消費者からの問い合わせが殺到していました。それで急きょ募集があったネスレへ」

コーポレートアフェアーズ統括部 エクスターナルリレーションズ部 部長 嘉納未來さん。「社外広報」責任者としてメディア、関係省庁等との関係構築に力を注ぐ。「男性的なリーダシップは似合わない。自分らしさを模索しています」

翌年には正社員への扉が開く。本人は「地声が大きいだけ」と謙遜するが、熱心な対応ぶりが上司の目に留まって入社試験を受けるよう求められた。

入社後は新たなコールセンターの立ち上げに関わり、その経験を買われて、2005年4月からはスイス本社へ、消費者の声を経営に活かすためのプロジェクトのメンバーとして8カ月間赴任。帰国後はお客様相談室長、そして広報室長へとキャリアアップが続く。食品偽装問題や中国原材料問題など食品業界への信頼が揺らぐ事件が続く中、難事案の対応を迫られ、無我夢中で歩んできたという。部下を抱える身となったいま、嘉納さんは自分らしいリーダーシップを模索中だ。

「権限を委譲しつつ必要なときには的確な助言をする、男性的なリーダーシップは私には難しい。逆に部下からガツンと言ってもらって『ごめん、私も考えるから一緒につくっていこうよ』というスタイルが私らしいかな。そういう何でも言い合える関係をつくっていければ」という嘉納さん自身は、部下にチャレンジさせて、失敗しても「ちゃんと俺が見てやるぞ」という男性上司に育てられてきた。

「上司からはチャンスをいただき、後押ししてもらい、感謝しかありません。私は古いタイプの人間だったので言われるままで来ましたが、いまだったら絶対、自ら声を上げていかないとだめ。ネスレ日本は変わりつつあります」

2010年から導入されている「イノベーションアワード」は、社員が声を上げる仕組みのひとつだ。自らが発想し実践した新規の取り組みを応募し、成果を競う。2014年は約2000件の応募があり、選考にあたっては役員から新人まで年齢・性別・国籍関係なし。2012年に金賞を受賞した、スーパーのイートインコーナーなどで手軽にコーヒーが飲める「カフェ・イン・ショップ」は女性の契約社員のアイデアだという。

「声を上げれば、意見が通って会社を変えることができる可能性が、誰にでもある。そのことを実際に示す意味でも、イノベーションアワードは貢献しています」と前出のダイバーシティユニットの責任者である藤沢さんは言う。

頭脳労働と作業労働を切り分ける

こうした変革を先頭に立って進めているのが高岡社長だ。日本的経営にメスを入れることで、旧態依然とした人事と営業の改革に挑む。

代表取締役社長兼CEO 高岡浩三さん。2015年、Internationalist(世界で最も顕著な活躍を見せたマーケティングリーダー)の一人に。「考える仕事は場所を選ばず。重要なのはアウトプットで、どこで働くかではない」

「労働生産性をもっともっと高めたいですね。当社は残業時間も減っており、労働生産性は相当高いほうですが、まだまだ労働時間の8割程度を作業が占めていて、本当の仕事はできていないと思っています」

高岡社長が言う「本当の仕事」とは考える仕事、付加価値を生み出す仕事のことだ。クリエーティブな頭脳労働と純然たる作業労働を切り分けて、それぞれに応じた処遇をすることがフェアで望ましいとする。同社で進めている非正規社員の正社員化は、終身雇用を守りつつ、業務内容や転勤のあるなしなど勤務体系の異なる多様な働き方を実現するための布石でもある。

「これからは工場で働く技術者を除き、ホワイトカラーはすべて在宅勤務可能にします。自宅にいてもスカイプ会議などでリアルタイムにつながる環境があるので、考える仕事はどこでもできる。重要なのはどこで働いたかではなくアウトプットなのです」

在宅勤務なら通勤時間がなくなるぶん時間に余裕ができるし、子育てや介護とも両立がしやすくなる。

「ネスレ日本が女性の新しい働き方をつくることになります。私たちは日本で100年以上お世話になっている外資企業です。その恩返しのためにも、グローバルに通用する新しい働き方の仕組みをつくりたいですね」