今まで証券業界は労働時間が長く、体力的にも厳しいため、女性が長く働き続けるのは難しいといわれていた。その中で大和証券は、女性が働きやすい会社として、学生からの人気も高まっているという。大和証券の改革はなぜ成功しているのだろうか。

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社員の生活の質を変えた19時前退社という改革

さらに女性活躍のためには欠かせない、「労働時間」に関する施策も打った。

07年から19時前退社を強く推進するようになった大和証券だが、取材した女性たちはみな「19時前退社になったことは、大きい」と口ぐちに言う。

川那部留理子氏(05年入社/エクイティ・キャピタルマーケット部上席課長代理)は2歳の子を持ち、現在第2子を妊娠中だ。

エクイティ・キャピタルマーケット部上席課長代理・川那部留理子氏「制度があっても風土がないと、両立できるという確信を持てないんです」

「19時前退社になるまでは投資銀行部門では子育てをしながら仕事をしている女性はいなかった。今は続けられると確信が持てるようになりました」

05年に入社したときは法務事務をしていたが、その後大阪のキャピタルマーケット部へ転勤。それが、仕事の幅を広げる転機となったという。

「大阪時代は男性ばかりの中にいて、体力的にも劣ると痛感していた。でも、19時前退社になると、仕事のエンドが見えているので、集中できるし、決断のスピードも速くなる。今は時短勤務を行わずに復帰して、周囲の理解もあって何とかやれている。入社時はずっと走り続けることなんて想像もできなかったのに……」

アポイントを詰めて走ることもあるが、19時前退社は女性たちに「続けられる」という希望をくれた。

しかし鈴木氏に聞くと意外なことに、この試みは女性のためではなかった。

「今は女性が活躍するためには時間のコントロールが絶対だと思っていますが、最初に19時前退社をしたときはただの営業改革でした。際限ない働き方をしていたら、全然生産的ではないからやったんです。今はこれをやらないと女性は活躍できないし、働き続ける中で、一段高いところに行く人が出てくるとわかりました」

「切った張った」の男社会だった証券業界だが、大和証券では今まで女性のいなかった職場にも数多くの女性たちが第一線で働いている。

最初は副社長クラスも「19時前? それだけは無理ですよ」と反対したが、鈴木氏が押しきった。

「結局自分が嫌だと思っていたことをやめたんです。私の若いときは、坂の一点を見つめながらどんどん登っていく時代で、毎晩22時、23時が当たり前でした。人と約束もできない。途中で、ふと、これはおかしいんじゃないかと」

しかし、お客がある仕事で、ライバルは夜遅くまで営業している。生き馬の目を抜く証券業界で、社員の労働時間を減らすということは、リスクが大きく、大きな決断だったに違いない。

「うちも113年続いている会社です。100年以上続いた働き方をやめるのだから、それはいろいろあります」

年度末、19時に支店の全員が帰って、管理人が鍵をかけて外に出たらお客がいた。「みんな帰りました」と言ったら「俺は証券会社で働いていた。年度末19時に帰るわけないだろう」とずっと怒られた、というエピソードも。

とはいえ、鈴木氏は腹をくくっていたようだ。例えば「21時に毎日報告をくれ」という大手のお客がいる。鈴木氏は「代案を出しても納得してもらえなかったら、それはしかたない」と言ったそうだ。

「結局大手のお客を持っているような最高の営業ならうまく説得するんです。本当にやればできるんですよ」

落合節子氏(89年入社/青葉台支店長)は19時前退社の効果を語る。

「私の頃は結婚退職が当たり前で同期は全員子どもができたら辞めていた。ですが、19時前退社になってからは圧倒的に子どもを持っている女性は働きやすい。今支店に子どもがいる女性が3人いますが、時間管理を常に意識する働き方になると、自然に効率重視になり、疲れも残らない。育休中に昇格することもあります」

こうした働き方の改革は、女性だけでなく男性にとっても画期的な改革となる。

07年入社の松下昌夫氏(資産コンサルタント部資産コンサルタント課課長代理)の世代になると、男性も家庭のために休暇をとるように。14年にできた「育児サポート休暇」を取得した。男性社員も取得しやすいように、同制度を使えば育児休職のうち2週間以内は「有給休暇」として休むことができる。

【写真左】青葉台支店長・落合節子氏「時間管理を常に意識すると、自然に効率重視になる」【写真右】資産コンサルタント部資産コンサルタント課 課長代理・松下昌夫氏「女性は多いが、フェアな環境で結果を出している」

「妻の育休復帰に合わせて2日間の休暇をとりました。男性が育休や早退することに、周りも抵抗がない。18時、19時に帰って子どもをお風呂にいれたり、毎日洗濯機を回して掃除もしています。厳しく効率を求められますが、セルフコントロールが身につきます。入社時は女性が多くてビックリしましたが、女性が優遇されているとは思わないし、フェアな環境で結果を出している。すごいと思います」

働き方改革は、女性だけでなく、会社にいる社員全体の生産性を高め、ワーク・ライフ・バランスを促進する。

また子育て世代以外にも効果がある。資格取得などの勉強をする人が増えたのだ。CFP(ファイナンシャルプランナーの上級資格)の認定者数が14年度には590人となり、業界では最多となった。

「稼ぐ」人から「積み上げていく」人へ

鈴木氏はさらにもう一つの改革を行っていた。04年からより強く「資産コンサルティング営業」を打ち出し、短期的な利益追求ではなく、顧客の資産形成を総合的にコンサルティングするサービスへと大きくかじを切った。

「前は手数料を稼ぐ人が一番とされていました。評価基準がそうだと、債券ひとつでも短期で売買する。そういうのをやめようと。新しいお金を持ってきた人、新しいお客をつくった人、それを最大に評価する。女性はコツコツまじめにやって、新規開拓に強い。最大に活躍できる部分ではないかと思うんです」

女性は仕事に対して倫理観が強い面があるといわれている。「とにかく手数料を稼げればいい」という証券業界の構図から大和が脱却するなら、彼女たちは大きな力になるだろう。

大和証券グループは07年に東京駅八重洲口にある「グラントウキョウ ノースタワー」に本社機能を移転。光が差し込むカフェテリアは社員の憩いの場だ。

「新人の頃、お客さまに手数料のために売買してほしいとお願いするのは難しかった。株式や投資信託の購入額重視なら、少なくとも一件一件積み上げていける。女性はきめ細かな対応でお金を預けていただくには向いていると思います」(西山真里氏/人事部人事一課課長代理)

鈴木氏は、大事なのは「徹底的にやり続けること」と説く。

「改革で規模拡大だけを目指しているわけではないんです。なにより、社員がクオリティーも高く、ロイヤルティーも高く働いてくれることが大切なんです。うちのような会社は人がすべて。営業はやる気になれば120にも200にもなるし落ちれば80、70にもなる」

大和は「女性の登用」「長時間労働慣行の是正」「評価の改革」という3つの改革を行った。それが実行できたのはトップの強いコミットメントとたゆまない社内外への発信にある。市場環境の変化から、商売のやり方も変わる。何かを変えなければ生き残れないとすれば、女性の力を生かすことは重要だ。女性は変革を迫る存在であると同時に、未来への最大のパワーになりうる存在なのだ。

「損してほめてくれるお客さんはいません。相場が悪くなったとき、専業主婦になりたいなという気持ちがちらつくかもしれない。子育てなどのハンディはあるけれど、女性も働いて、社会に対して義務を果たす必要がある。しぶとさ、折れない強さを大切にしてほしい。めげちゃいかんよ」(鈴木氏)

トップから女性に、声援は送られ続けている。