2015年8月28日に成立した女性活躍推進法への対応が、各社で始まっています。301人以上の労働者がいる企業は、2016年4月1日までに、数値目標を明示した行動計画策定が求められているからです。一方で、実務の現場に目を転じると、子のある母が会社で活躍し続けるには、職場でも家庭でも個人の努力に負う部分が多いように感じます。そのため、いざ産もうとすると、「本当に仕事を続けられるのか」と、女性が悩むことになります。

前回の連載第4回「子育て・介護と仕事の両立に悩むあなたへの3つのメッセージ」(http://woman.president.jp/articles/-/572)では、「今、まさに子育ての不安や悩みに直面しているあなた」への記事を書きました。今回は、「今ではないけれど、いつか産みたいと思っているあなた」に向けてのメッセージです。

妄想はやめる。未来は誰にも分からない

女性には“妄想族”がとても多いものです。それは、結婚、出産など人生の岐路で起こる仕事や生活の変化が男性よりも大きく、その情報があふれているのに、具体的な先は見えづらいためです。理想とする働き方、生き方をしている「ロールモデル」がいればある程度見通しが付くのですが、ライフパターンが多種多様であるだけに、そういう人は見つけづらい。男性は進むコースのパターンが限られており、ロールモデルも身近にたくさんいるのですが。

「もし、今妊娠したとしたら、管理職なんて引き受けられない!」「内勤の部署に異動できれば、保育園のお迎えもできそうだけど、営業部のままなら無理そう」……、そんな“たら・れば”妄想はほどほどに、今できることを考えましょう。

およそ20年前、20代独身だった私も、ご多分に漏れず妄想族でした。「このまま働き続けても、仕事はきっと大変になるばかり。結婚し、子供を産み育てながら会社で昇進していくというキャリアプランが描けない」と思ってしまったのです。

冷静に考えればおかしな話です。勤務先は当時としては珍しく、育休が3年取れる制度が整った恵まれた企業でしたし、そもそも結婚も出産もしていないのに、なぜそこまで妄想し、決めつけてしまったのでしょう。この妄想も手伝って、私は新卒入社し4年近く働いた会社を辞めています。だからこそ皆さんには、「いつか産みたい、でも今の環境で大丈夫か」と不安に思ったとしても、「パートナーが仕事をしっかりしているから、私は仕事を辞めちゃおう」という選択肢は最後までとっておいてほしいと思います。辞めなくても、結婚も子育てもできる可能性は年々広がっています。

産んだ後の方が人生は長い

今では2児の母となった私ですが、20代独身のとき、全く見えていなかったことがあります。それは出産後の人生についてです。結婚がゴールではないように、出産もゴールではありません。むしろスタートです。さらに当時は「産んだら大変だ!」という思いだけしかなく、「産んだ後、子供は成長していく」という観点がごっそり抜け落ちていました。

多くの場合、子供は少しずつ自立していきます。子育て期の女性を対象としたセミナーを開催すると、参加者から「子供が中学生になったくらいから、親の手を離れたことを実感し、少しずつ元のように仕事をしたいと思うようになった」という声が挙がります。起業セミナーに参加するママさんたちにも、子供の成長に合わせて少しずつ増える「自分の時間」を使って仕事を始めようとする人が増えています。

女性の平均第1子出産年齢は30.4歳(「平成25年人口動態統計」厚生労働省より)。その手前、25歳から29歳の労働力率は8割近いわけですから、多くのお母さんが子供を産む前は働いていたはずです。大学卒業後からとすると、6年もの就業経験があることになります。子供が中学生になるまでに12年。30歳で産み、42歳で仕事に復帰したとしても、その後65歳の定年までまだ23年間も働ける余地があります。女性の人生、そして仕事人生は産んだ後の方がずっと長いのです。

生涯年収を数千万レベルでダウンさせる仕事のブランク

先にも述べましたが、産む前は働いていたたちです。働く力があるにも関わらず、“稼ぐ”部分をすべてパートナーにゆだねてしまうのは、リスクが高すぎます。パートナーが常に健康で働けるとは限りません。また昔のようにパートナーの勤める会社が終身雇用とは限らず、また安定した企業に入ったとしても転職したいと言い出すかもしれません。家計においては、稼ぎ手は1人より2人の方が、「先が見えない」時代に対するリスクヘッジになります。

稼ぎ手は1人より2人という話で言えば、女性が仕事をいったん辞めると生涯収入も大きく違ってきます。人生はお金で測れるものではありませんが、例えば大学卒業後、ずっと正社員として、途中育休を取りながら管理職に昇進し65歳まで働いた場合、生涯収入は2億3243万円になるという試算があります。同じように正社員として就職しながらも、30歳で出産、育児のために離職し、35歳で正社員として再就職し直した場合の生涯収入は1億2125万円。ずっと正社員として働き続けた場合のほぼ半分となります。また同様のケースで、30歳で離職した後、非正規社員として31歳から65歳まで働いた場合の生涯収入は8738万円。仕事に復帰しなければ、それ以下です【PRESIDENT WOMAN Online「『ずっと正社員』なら生涯年収2億超! "守りつつ攻める"働き方」(http://woman.president.jp/articles/-/514)、「生涯年収は正社員の半分以下!? 『非正規社員』はしっかりとしたマネープランを」(http://woman.president.jp/articles/-/567)より】。

働き続けることで得る“偶然”を、チャンスに

妊娠する、産む、育てる、ということは確かに大変なことです。仕事を中断しても子供に向き合わなくてはならないこともあります。でもそれはそのときがきてから、ベストの方法を考えればいいことです。見えない将来のために、今から仕事を辞めたり、その心配をしたりする必要はありません。

それよりも、仕事を辞めることによるリスクに対して、もっと慎重になるべきです。1人の男性に依存して生きることは今後ますます難しくなりますし、男性側もパートナーに働いてほしいと思っている人が増えています。まずは女性が経済的に自立し、自分の身を守る手段を得ておくことが必要です。妄想もあり、会社を辞めてしまった私ですが、同時にいつでも働けるように準備だけはしておこうと思っていました。在職中に試験に合格した中小企業診断士に加えて、退職後はそれ以外の資格の勉強を続けました。当時の勉強やその過程で得た人とのつながりが、中小企業診断士として生計を立てる今も役立っています。

出産は、女性にしかできないことです。だからと言っていったん退職してしまうと、現在の日本社会では正社員として復帰できる可能性がまだまだ低いのです。出産後、子育てや仕事に対する意識が変わる人も多く、中には「仕事を辞めるんじゃなかった!」と後悔する人もいます。

ずっと働き続けていれば、働き方や働く場所の選択肢を広げられる可能性が高く、実務レベルでの調整もしやすくなります。子育て離職を経ての再就職よりは、20代のうちに管理職へのチャレンジも含めて実績を作り、子育てによるキャリアの空白が多少生じたとしても復職した方が、転職なども含め、その後の選択肢を増やすこととなります。詳しくは連載第3回「転職のパスポート! 年齢も育児も不問にする『管理職経験』」(http://woman.president.jp/articles/-/503)でご紹介していますので、そちらも参考にしてください。

「プランド・ハップンスタンス理論」をご存知でしょうか。アメリカのクランボルツ教授が提唱した理論で、キャリアは予期せぬ偶然の出来事によってその8割が形成される、というものです。私はこの理論を、「キャリアを切り開こうと思ったら、“8割の偶然”を意図的にステップアップの機会に変えるべく、行動することが重要」というメッセージとして受け止めています。

変化が激しい現代において、キャリアプランは思い描く通りに進まない可能性の方が高いです。でもそんな中で、進みたい方向に向かって、今できる仕事をし、社内外にネットワークを作るべくアンテナを張っておけば、挑戦したい仕事に関連する人に“偶然”出会えるかもしれません。行きたい部署の人と仕事をする機会が“偶然”来るかもしれません。そしていつ運命の彼に出会うかも分かりませんよね。

辞める選択肢は最後にとっておき、仕事と育児の両立について心配し過ぎることなく、「案ずるより産むが易し」で、今の仕事で成果を出す。それが、いつか産みたい人が今できるベストのことだと考えます。

小紫恵美子(こむらさき・えみこ)
中小企業診断士。
経営コンサルタント事務所Office COM代表。二児の母。東京大学経済学部卒業後、大手通信会社にて主に法人営業に従事。1998年中小企業診断士取得後、のちに退職。10年間の“ブランク”を経て、独立開業。
現在は企業研修講師や中小企業への経営支援、執筆活動を行う。企業研修では会計、ロジカルシンキング等ビジネススキルを伝えるとともに、女性経営者を中心に数値とロジックに基づいた経営の重要性を伝える自主セミナーを展開。
最近は、これまでの実績と、自身の大企業勤務→専業主婦→子育てしながら独立開業、という経験を踏まえ、女性の働き方についての執筆や講演に力を入れている。「活き活きと働くオトナが増える社会」を目指して日々活動中。