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だから淀殿は「豊臣家を滅ぼした悪女」になった…江戸時代に"秀頼は秀吉の子ではない"説が広まった本当の理由
『今様俳優写真鑑』は江戸時代の役者絵だが、淀殿を薄ら笑いを浮かべた意地悪そうな女性に描いている。
『絵本太閤記 七編』に登場する「淀君蛇形をあらはす」。蛇のような舌を露わにした完全な妖怪に描かれている。
伝豊臣秀頼像(一部)。(原本は京都府養源院所蔵)(写真=東京大学史料編纂所/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
『太閤五妻洛東遊観之図』は、慶長3年(1598)の「醍醐の花見」を江戸時代の絵師・喜多川歌麿が描いたもの。秀吉の左にいるのが淀殿。その上にいる「松の丸殿」が京極竜子。(出典=
ColBase
)
徳川家康肖像画(画像=狩野探幽筆/大阪城天守閣蔵/PD-Japan/
Wikimedia Commons
)
『大坂冬の陣図屏風(模本)』には、秀頼と思しき武将が描かれ、隣に女性がいる。この女性が淀殿か、または秀頼の妻・千姫かは不明。(出典=
ColBase
)
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