森林の土壌に蓄積されたCO2

提言には、外国資本による山林買収の背景として「水」以外にも、CO2排出権取引市場や生態系サービス市場化が併記されている。また、諸外国に比べて過度に強固な土地私有権が弱点となることに警鐘を鳴らし、文明・文化の根幹を揺るがす制度的な不備を指摘するなど、示唆に富む貴重な報告もある。

ただし、排出権取引については、それがどのような仕組みで山林買収の動機へとつながっているかの説明はなく、その成立可能性についても否定気味だ。水の獲得が目的との推測も前述のように説得力に欠ける。

大手メディアの多くは報告書の推測に追随し、中国の脅威と水支配を読者や視聴者にイメージさせたいばかりに、制度上の弱点といった他の貴重な問題提起を結果的にスポイルし、「水と山林買収」を関係づけた部分に過剰な光を当てて、センセーショナルな報道を繰り返した。

今年6月、北海道倶知安町の森林が外国資本に買収されていたことが道議会の質疑で明らかになり、同様の危機感を持っていた全国の森林関係者や自治体に注目された。中国による山林そのものの買収例があることは紛れもない事実。冒頭に記した中国資本による“日本買い”の勢いを見れば、それが氷山の一角であることは想像に難くない。

ただし、「水狙い」という推測には、やはり論理的に無理がある。問題は、国民をミスリードするかもしれないリスクを承知で、論理性を欠く「水狙いの山林買収」が伝聞だけで報じられ続けていることだ。

確かに実態の把握は困難だ。私有地の民間売買に公表の義務はなく、詳細は一筆ごとに登記簿を確認しなければ不明だ。しかし、調査が現実的に難しいからと伝聞だけで記事を書き飛ばされては、国民が判断を誤ることになる。

さて、それではなぜ、「用途やメリットが見当たらない」と林野庁も首を傾げる日本の山林に、外国資本は関心を示すのか。

世界の森林面積は約40億ヘクタール。陸地全体の約30%だが、地球の表面積に占める割合はわずか7.7%に過ぎない。森林火災、人口増加による宅地開拓と農地転用、過剰な伐採などで、毎年730万ヘクタールの森林が失われている。5年で日本の国土面積に相当する規模だ。森林の土壌には大量の二酸化炭素が蓄積されている。森林の喪失は、蓄積された二酸化炭素の大量放出も促す。放出される二酸化炭素は、化石燃料を含む全排出量の20%にも及ぶといわれている。

97年の京都議定書では、二酸化炭素を吸収する森林に「吸収源」という考え方を採用した。吸収源は、90年以降の植林について、それが二酸化炭素を吸収する分、削減したのと同じこととして認めようという制度だ。日本が認められた森林吸収量は3.8%。国内の森林でその分の二酸化炭素を吸収すれば、国内削減分と海外から調達する排出権の合計枠は残りの2.2%でよいということになる。

しかし、樹木の二酸化炭素吸収力は、生育年数、つまり木の高齢化で徐々に衰えていく。そのため、10年後の20年には、間伐などで山林を整備しても森林吸収量は2.9%に留まることが予測されている。

京都議定書の実効期限切れは12年末。その後に発効する「ポスト・京都議定書」に向けて「毎年の吸収量を削減目標から差し引く」か、あるいは「基準年を決め、その年との差量のみカウントする」か、という綱引きが行われている。後者の計算式だと中国など途上国の負担が減り、日本の負担が増えることになる。日本が温室効果ガス1%削減のために海外から枠を購入すれば、毎年600億円の資金が流出することになる。

(amanaimages=写真 加藤淳史=撮影)