不吉な予言はなぜ世の中に広がるのか。宗教学者の島田裕巳さんは「予言が多くの人々に信じられてゆくのは、社会不安が広がっている時代においてである」という――。

なぜ予言を信じてしまうのか

人間というものは信じやすい動物である。人から言われたことを、そのまま信じてしまうことがある。

典型的なのは健康法である。誰かから、「この健康法がいいよ」と言われると、なぜそうなのかを確かめないまま信じ、その健康法を実践したりする。

日本には、「言霊ことだま」という考え方があり、言葉それ自体に力があると考えられているが、言われたことをそのまま信じてしまう傾向があるのも、それが関係するかもしれない。

たつき諒『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社)
たつき諒『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社)

まして、そこに証拠が示されれば、それを強く信じるようになる。今回、たつきりょうという女性の漫画家が描いた『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社)を通して広がった予言などは、その典型である。「本当の大災難は2025年7月に」(本書の帯の文章)起こるというのだ。

著者は夢で、2025年7月に、日本列島の南に位置するフィリピンとの中間あたりで水が盛り上がり、それによって太平洋周辺の国に大津波が押し寄せるという光景を見た。津波は、東日本大震災の3倍はあり、その衝撃で、香港から台湾、そしてフィリピンまでが地続きになるというのである。

著者は、7月5日と日付を特定しているわけではない。ただ、その夢の一つを2021年7月5日の午前4時18分に見ているため、一般にその大災難は7月5日のその時刻に起こると信じられるようになったのである。

日本への観光客が激減するほどの騒ぎ

ただ、そんなことを漫画に描いただけでは、誰も信じたりはしない。

ところが、著者は1999年7月に刊行した『私が見た未来』のオリジナル版(朝日ソノラマ刊)で、その表紙に「大災害は2011年3月」と描いている。そこから、東日本大震災を予言したと見なされ、2025年7月5日に大津波が起こるという予言も信憑しんぴょう性を持つことになった。現在、書店で売られている『私が見た未来 完全版』は、2021年に飛鳥新社から刊行されたものである。

完全版は電子書籍をあわせて100万部の大ベストセラーになったという。しかも、その中国語版を香港のインフルエンサーが紹介したことから、この話が広く伝わり、日本への観光客が激減したとまで言われている。現実に大きな騒ぎになっているのである。

ただ、これは『私が見た未来』を読んだ読者が共通して感じることであろうが、先ず何より、果たして著者は東日本大震災を予言したと言えるのかどうかには疑問符がつく。