障害・病名がない子への配慮はいらないのか
【勅使川原】うちの息子は、「やる気がない」「好きなことしかしない」とか通知表に書かれてきましたが、もしそういう一元的な「学習への臨み方」の評価軸に照らした場合はひっくーいところにいて、指導の対象ということですよね。好きなことはやるなら、それでいいじゃん、とはいかないわけなんですよね。そういうのは「わがまま」で、自律的な学びでも協働的な学びでもないと。
それもあって、この「学校の正しさカード」は、いち保護者としても、脱・能力主義を試行する在野の研究者としても、現場での実践を切望します。ちなみに、実に素敵な取り組みですが、ある意味で「逸脱」例とも言えるでしょうから、浸透には戦略が必要そうですよね? どこからじわじわいこうかな、とかって作戦はあったりしますか。
【武田】ひとまず今のところ、教職員研修で使いたいなと思っています。逆に言うと、ほかにはあまり使いどころが思い浮かばない(笑)。
このワークは、今言われている合理的配慮よりもさらにもう一歩進んだことを問題提起していると言えるかなと思っています。
つまり、現状としては、ディスレクシアの子が手書き以外の方法でノートを取りたいという要請が受け入れられない、というような、明確に診断が下りているケースですら、配慮してもらえないことがあるわけじゃないですか。
でも、この正しさカードでは、さらに踏み込んで障害や診断の有無に限らず、「みんないろいろあるよね」ということを扱ってるんです。単に性格だったり、タイプだったり、食べるのが早い・遅いとか、ただの個人差、感じ方の違いとされるようなところ。
「日本では生理現象を申告させられる」
【勅使川原】実際に、「生理現象」って書いてあるものね。おっしゃるとおりですよね。
【武田】例えば、トイレに行くことを申告するのはハードルがとても高いと感じる子もいます。「行ってきていいですか」「いいよ」のやり取りも「なんだかなぁ」と個人的には思いますが、それだけではなく、「行ってきます」と言い切りで申告するにしても。
【勅使川原】確かに。これは日本特有ですか。
【武田】割と海外でも有名みたいです。「日本では生理現象を申告させられるんだ」と。「日本人って、めっちゃ働くらしいね」と同じようなノリで、「トイレに行くって言わなきゃいけないんでしょう」と言われたことがあります。
海外の人からすれば、「別にシュッと行って、シュッと帰ってくりゃいいじゃん」という感じのようです。
【勅使川原】何事も許可制が多いですよね。「○○していいですか?」もだし、挙手して当てられるまで発言しちゃいけないとかも。
【武田】大人数を一斉指導する場面では、そうせざるを得ないこともあるよなとも思いますし、安心・安全のためには一定の秩序は必要だとは思っています。



