「いろいろある」がなぜ許されないのか

【勅使川原】そうか。でも、「何でさっきの休み時間に行かなかったの」「また行くの?」とかって、怒られる場合もありますよね。

【武田】それはありますね。しかも、行ったとしてもね。

勅使川原 真衣、武田緑『これくらいできないと困るのは君だよ』(東洋館出版社)
勅使川原 真衣、武田緑『「これくらいできないと困るのは君だよ」?』(東洋館出版社)

【勅使川原】そうですよ。急なことは誰にでもありますよ。

【武田】それはいろいろある。

【勅使川原】「いろいろある」って何の変哲もないようで大事なことばだと思っていて、すごく当たり前のことなはずなのに、どうして学校って、こんなに「いろいろある」ことを許してもらえないんだろうか。

逆に言うと、あらゆる事情を先読みすること、パターンどおりに収めることなんて無理なのに。

人間だもの、の話のはずが、望ましい子ども像めがけて、一心不乱に自己修練していかないと、学校に居場所がつくりにくい。さらには、学校でうまくやれない話を、「社会に出て困るのはきみだよ」と社会や労働とつなげて、戦々恐々とさせるから、たちが悪いような。

【武田】自由にするとか、任せること、子どもの選択肢がいろいろできてしまうことが、教師にとって大変そうに思える……というのは一つあるかもしれません。