「なぜ」を一緒に考える
ただ「ガソリン高いね」「そうだね」で会話が終わっていたら、きっと翌日にはもう忘れてしまっていたでしょう。しかし、そこで父親に「なんで高いんだろうね?」と問われたことで、彼は今でもその時のことを覚えているとのことです。
「そうか、物の値段にはちゃんと理由があるんだ」と、彼はその時思ったそうです。そして、それから身の回りのさまざまなものについて、「どうしてこの価格なんだろう?」「なんでこうなっているんだろう?」と考える癖がついたと話していました。
最近も物価の上昇や円安、経済政策など、ニュースで目にする話題については、大人でも「なんだか難しい」と感じることも多いと思います。しかし、ニュースは本来、我々の生活に根ざしたところに影響しているものでもあります。
子どもに「なぜ?」と聞かれたとき、どこまで一緒に考えられるでしょうか。もちろん、自分でもよくわかっていない経済や時事の話に踏み込んでしまう可能性はあります。「わからないよ」とすぐに話を終わらせるのは簡単です。ただこのガソリンを巡る会話は、そこで「なんでだろうね」と一緒に考える姿勢を見せると、「知りたい」という気持ちを育むことにつながるという好事例だと感じます。
一緒に「なぜ?」と考えて話を膨らませていくことが、興味関心や、自分で調べる力を育てることにつながるのだと思います。
「考える力」は日常会話で養える
実はこのガソリンスタンドのエピソードには続きがあります。ガソリンの値段の話から、「ガソリンの価格には、ガソリンそのものの値段に加えて、いくつもの種類のガソリン税と、さらに消費税も上乗せされているんだよ」と税制度の話につながっていったそうです。
さらに、「石油が取れる地域は情勢的に不安だから、ガソリンの値段って変わりやすくて、商売をしている人は大変だね」「ガソリン本体の値段がもっと安いなら、あまりお金がない途上国でも先進国と同じくらい石油が使えるのかな?」と、問いが日本を飛び出して世界にまで視線が向けられたとのことです。
こういうことが、一度や二度ではなく、日々の家庭の会話として当たり前に行われていたそうです。
その東大生の彼は「ちょっとでも『なんだこれ?』と疑問を持ったら考える。考えたことが、他の話題とつながって、また新しい問いが生まれる。そうやって、身近な気づきから思考の枝を伸ばしていくのが、当たり前の感覚になりました」と、こうした経験の積み重ねが「考える力」を養ったのだと振り返っていました。



