自分が主役になってしまう
熱血教師は、自分が主役です。目立ちたがり屋なので、集会や行事の時にはドンドン前に出て、冗談を言ったりして生徒のウケを狙います。
生徒は先生の熱気に当てられて、なんとなく学んだような気にさせられてしまうかもしれません。先生が自分たちのことを思ってくれていて、熱心にやってくれているように思うかもしれません。
熱血先生が一生面倒を見てくれるならそれでもいいかもしれません。でも生徒は3年後には巣立っていくのです。熱血先生という強烈なリーダーに寄りかかって育った生徒たちは、それから何を支えに生きていけばいいのでしょう?
私が見てきた中で尊敬できるなと思った先生は、そんな派手なパフォーマンスをしたり、下らないダジャレで生徒の人気を取ったりはしません。
丁寧に事前指導をし、大事な場面では、生徒が前面に出て、自分でできるように育てる。それを教室の後ろから微笑みながら見守っている。そういう先生こそ本物の教師だと思うのです。
実はけっこういる「仕事ができない教師」
そして、熱血教師よりももっとタチが悪いのが『仕事ができない教師』です。
たとえば、Excelの使い方がわからない、書類の提出期限を守れないなど。それ以前に、書類をちゃんと作れず、適当な書類を作って出してくる人もいます。
教員は「授業案(指導案)」というのを書きます。企業での企画書と同じようなものです。
これは書式が特殊だったり、書き方が面倒だったりという問題もたしかにあります。それで、中には「授業案なんて必要ない」「そんなの書かなくても授業はできる」と言う人もいます。
いやそういう主張をする前に、書式というのはルールなのでちゃんと守るべきだし、それ以前に日本語も支離滅裂、内容もスッカスカな人も多いのです。こんなの民間では通用しませんよね。私は今、企業からSNSコンサルティングのご依頼をよくいただくのですが、もし「企画書なんて書けません」とか「アイデアは頭の中にあります」なんて言ったら、どこも取引してくれないでしょう。
私は20代の頃から『研修主任』という役に任命されることがたびたびありました。それで、全職員の授業案をチェックするのですが、もうビックリするような出来で出してくる人がいます。20代の私が50代の先生の授業案に赤ペンを入れて、真っ赤にして返すのです。
それも内容の問題というより、「目標が書いてありません」とか「整合性がとれていません」みたいな授業以前の問題ばかりなのです。
さらにそういう先生は「授業案なんて手間がかかるだけだから書く意味がない」と豪語するのですが、そういう割に授業がうまいわけでもないので困ります。
生徒との関係作りが下手な先生もたくさんいます。しょっちゅう生徒とトラブルになってしまうような先生です。中には、言ってはいけないようなことをすぐに言ってしまったり、突発的に叩いてしまうようなタイプもいます。


