運命の悪戯
ショックを受けながらも高蔵さんは、母親を連れてデイサービスの施設を見学した。1軒目の施設は認知症の利用者が多く、静かな雰囲気だったため、居心地の悪さを感じた母親は、しばらくして「帰りたい」と言った。
だが、2軒目の施設は賑やかな雰囲気で、母親は「帰りたい」と言わなかったため、2軒目の施設に決定。最初は週に2回から利用を始めた。
ところが、それから半年も経たない2020年1月。かかりつけ病院で母親が定期検診を受けたところ、「大丈夫だと思うけど、ちょっと気になるから大きな病院で検査を受けてみてほしい」と言われて総合病院で検査を受けた。すると、ステージ2の胃がんだと診断される。
「母には全く前触れの症状はなく、それなのに胃を半分くらい取るほど大きな手術を受けることになって驚きましたが、手遅れにならなくて良かったとも思いました。総合病院の医師には、『あと少し見つかるのが遅かったら、命が危なかったかもしれない』と言われました」

すぐに母親は手術を受けることになり、手術後は約2カ月の入院。その間に母親は認知症の症状が進んだ。
「入院前はまだそれほど物忘れがひどくなかったのに、手術後の回復が悪く、せん妄が出たのと、自分が手術をして病院にいるということが理解できず、混乱したようです。『外にずっと出されていた』とか『変な男の人が入ってきた』とか『食事を食べさせてもらえない』とか言い、自分がどこか変な施設に入れられて帰してもらえないとずっと言っていました。どれだけ言ってもすぐに忘れるので、何度も同じ説明をしないといけなくて大変でした」
手術直後は全く動けないため問題はなかったが、少し動けるようになってくると、トイレに行かなくても良いように導尿のチューブを入れているにもかかわらず、自分でトイレに行こうとしたり、勝手に点滴などを外して家に帰ったりするようになった。
手術から7日ほど経った深夜のこと。仕事から帰宅したばかりの高蔵さんに病院から電話がかかってきた。
「家に帰ろうとするお母様を止められないので、病院に来てもらえませんか?」
当時はコロナ禍。病室に入る面会は断られていたが、夜勤の人数が限られている上、認知症の患者が重なると手が足りなくなるため、家族に助けを求めるより他なかったようだ。
それからというもの、高蔵さんは母親の病室に帰り、病室から通勤する日々を送る。しかし担架のような簡易ベッドで寝る生活に耐えきれなくなり、5日ほど経った後からは、夜、母親が眠りにつくまで病室にいて、朝、母親が朝食を食べる時間に病室に行き、一緒に朝食を摂ってから出勤した。