患者の声を聴かずに決めた高額療養費制度引き上げ問題は大荒れしている。経済ジャーナリストの荻原博子さんは「ほかにもさまざまな分野でステルス増税が進行中だ。今、社会保険が『隠れ増税』のまさに“隠れ蓑”になっている」という――。
魚を取るために漁師が投げた網
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「壁」をなくして「網」を広げる

2024年12月、厚生労働省は「106万円の壁」と呼ばれる、従業員が会社の社会保険への加入が義務づけられる「壁」を撤廃する案を出しました。

「年収106万円の壁」とは、「従業員数51人以上の企業」に勤め、年収が106万円を超えて働くすべての人は、会社の社会保険に加入しなければならないというもの。パートタイムで働く会社員の妻は、自身の年収が106万円を超えると夫の扶養から外れ、それまでゼロだった社会保険料をいきなり約15万円支払わなければならなくなります。そのため106万円を超えないように収入額を調整しながら働く人が多いと言われています。

それを「壁」と称して撤廃することで、手取り収入アップや、企業の人手不足解消につなげたいとしているのですが、実際には今よりもっと多くの人が、社会保険料の「網」に引っ掛かることになります。

現在、働く人が会社の社会保険に加入する条件は、「賃金が年収106万円を超える」「従業員51人以上の会社に勤める」「労働時間週20時間以上」の3つがあります。今回の案は、「賃金が年収106万円を超える」「従業員51人以上の会社に勤める」をなくし、「労働時間週20時間以上」だけにしようというもの。

つまり、これまで従業員51人以上の比較的大きな会社のパート従業員だけが対象だった「壁」を壊し、従業員数は関係なく、すべての企業を対象にするということ。となれば、労働時間が週20時間を超えた人全員が、雇用元企業の社会保険に加入し、保険料を支払わなければならなくなるということです。

自営業者やシングルマザーなどにとっては保険料の半分を会社が払ってくれるので少しは助かるかもしれませんが、これまで夫の扶養で一銭も保険料を払わずに国民年金、国民健康保険に加入できていた会社員の妻にとっては、「壁」がなくなったのではなく、どんなに小さな会社に勤めていても対象になりうる「網」が広げられたということになります。

会社の社会保険は労使折半なので、従業員が15万円支払えば会社も15万円支払わなくてはなりません。国にとっては社会保険料収入がグンと上がり、しかも取りっぱぐれもなくなるのです。

ただ、会社が負担する社会保険料は税金よりも高いため「労働時間週20時間」を超えないように働き止めする事業所や個人が出てきそうで、雇う側にとっては、「20時間」という新たな「壁」になりそうです。