「穿った見方をする人」は本質を捉えられる人

穿った

本当の意味
穴をあける。普通には知られていない物事の真相や機微を捉える。

正しい使い方
この学者は、なかなか穿った見方をする人物だ。

誤用
それは、あまりにも穿った見方だと言わざるをえない。

斎藤孝『二度と忘れない! イラストで覚える大人の教養ことば』(ワニブックス)
齋藤孝『二度と忘れない! イラストで覚える大人の教養ことば』(ワニブックス)

おもに「穿った見方をする」といった表現で使われる言葉です。

どうも物事を疑って見る、あるいは、人と違うことをわざとやってみせる「奇をてらう」といった言葉と混同されている方が多いようですが、これとは逆に、本質を見抜くという意味を持つ言葉です。

みなさんは「雨垂あまだれ石を穿つ」という故事成語をご存じでしょうか。これは、一つの場所に落ちる雨垂れが、長い時間をかけることで石に穴をあけることもある、つまり、継続すれば大きな成功をおさめるといった意味合いです。

この故事成語を知ることで、石に穴をあけてしまうほどに「本質を貫く」といったイメージが湧きやすくなることでしょう。あるいは、「穿」という文字の中に「穴」という漢字が入っていることに注目してもよいかもしれません。必然的に「本質に穴をあける」といった印象が強くなるかと思います。

つまり、少し変わった角度から物事を疑って見ることは「奇を衒う」行為であって「穿った見方」ではないのです。